1. トップページ
  2. 伏字屋

結木公子さん

ショートショート好き。 初心者なので、コメント等もらえるとうれしいです。

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

伏字屋

18/09/22 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 結木公子 閲覧数:70

この作品を評価する

 『あなたのそれ、伏字にします』

男は変な看板を見つけた。白い紙に手書きの文字で書かれたそれは、怪しさ満点だった。紙の下側にはちいさな文字で、『角を左に曲がってすぐ 伏字○△□屋』と書かれいる。
男も普段ならこんな看板など、見向きもしなかったはずだろう。しかし、男は先ほど彼女に振られ、デートの予定だった時間にただ街を徘徊しており、つまり、暇を持て余していた。男は鬱々とした足取りで道を進み、そして左に曲がった。

「いらっしゃい。今から看板を出すところだけど、よかったらどうぞ。」

古臭い扉を入るとすぐ、茶縁眼鏡の老人が声をかけてきた。店はこぢんまりとしており、様々な本やおもちゃ、アクセサリー類が乱雑に並べられている。

「ここは何のお店ですか?」
「ここではなんでも伏字にしますよ。」
「なんでも、というと?」
「なんでも、です。」

男の問いに老人はさも当たり前のように答え、一つのアクセサリーを手に取る。取り出したそれには、おそらく刻まれていたであろう名前の部分がきれいな伏字になっていた。「恋人と別れた方などが多いですよ」と老人は言い、それを再び元の場所へと静かに置いた。
 男は納得したような表情を見せたあと、しばらく腕を組んで眉を寄せ、そして自らの懐に手を入れて古い手帳を取り出した。

「これは昔から使っている手帳なんですがね、最近の予定は彼女のことばかりだったんです。でも先ほど振られてしまってからはこれを見るのも苦痛でして。」
「よければ伏字にいたしましょう。二回目まではサービスしますよ。」

老人に、男は手帳を差し出した。老人は伏字にする相手の名前を確認すると、手帳を一枚一枚、ゆっくりとめくって眺めていく。

「これなら10分程度で済むでしょう。その間ご自由に過ごされててください」

老人の勧めで椅子に座った男は、街を歩き回った疲れからか、うとうとと船をこぎ始めた。老人に肩を叩かれて男が目を覚ましたのは、ちょうど10分ほど経ったときだった。

「できましたよ」

老人から手帳を受け取り、男はそれをぱらぱらとめくった。そこには先ほどまで書かれていた彼女の名前が、すべて○○や△△などの、きれいな伏字になっていた。はじめは期待していなかった男も、仕上がりに満足したのか、しきりに老人にお礼を言った。

「ありがとうございます。これで少しは気が晴れそうです。」
「・・・・・もしよろしければ、別のところも伏字にいたしませんか?」
「別のところ?」
「ええ。記憶です。あなたの記憶上の彼女のお名前をすべて伏字にすれば、もう少しくらいは気が晴れるかと。」
「記憶を伏字にだなんて、おかしなことを言う方だ。でもいいでしょう。伏字にできるのであればできたほうがいい。サービスは二回とのことでしたし、試しにお願いします。」

男は老人をさして信じてはいないようだったが、サービスならば、と承諾した。

「それでは、記憶のほうは少々お時間がかかりますので、どうぞごゆっくり休まれててください。」

男は老人に促されるまま、再び椅子へと座り、目を瞑った。再び目を覚ましたのは、先ほどの時間から一時間ほど経った後だった。

「いかがでしょう?」

老人の言葉に、男は目を見開いた。彼女と過ごした記憶はあるのに、彼女の名前がわからない。まるで伏字になっているようだ。名前が伏字だと、記憶はあっても辛い気持ちは不思議と湧いてこなかった。それもそうだろう。過ごした相手がだれかも分からないのだから。

「ありがとうござます!これでふと彼女のことを思い出しても辛い思いはしないでしょう!」

男は何度もお礼を言い、笑顔で街へと戻っていった。男の気分は大層よくなったのだろう。その足取りは店に入った時とは比べ物にならないほど軽かった。しばらく歩いていると、男の携帯が鳴り、男は相手も確認せずにそれに出た。

「はい、もしもし。」
「私。」

相手は男が先ほど振られた彼女だった。

「やっぱりやり直したいの。」

その言葉に男は舞い上がるように喜んだ。しかしそこでふと気が付いた。彼女の名前がわからない。男は慌てて先ほどのお店へと戻り、老人にお願いした。

「伏字を元に戻してください!彼女とよりを戻せそうなんです!」
「それはよかったですねえ。三回目なので正規料金ですが、よろしいですか?」
「ええ、構いません!」

男は急いで財布を取り出しお札を数枚手渡した。数分で名前は戻ったようで、男は先ほど店を出た時よりも嬉しそうに去っていった。

「名前を伏字にしたいってのは、未練があるってことだものなあ。」
「大概の客は、伏字をもどしに戻ってくるんだから面白い。」

老人は一人になった店内で、ぼそりと言い、看板を出しに外にでた。
立てかけられた看板には『伏字もどし屋』と書いてあった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン