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伏字術師の言い分

18/09/21 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:144

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「えっ、派遣先はA市なのは確かなんですけど、ぶっちゃげ、合併前の旧B町なんですね、そちらは大丈夫でしょうか?」
「あ、まぁ」
 遠いなあ、5キロくらい遠くなったなあ……、青柳翔太はアイスコーヒーのストローに口をつけた。
 ファーストフード店の安っぽいちっちゃなテーブルを隔てて座っている派遣会社の営業マンも翔太を真似てかアイスコーヒーのストローをあわてて吸った。テーブルに営業マンの腹の肉がめり込んでいた。額はあぶら汗でてかてかしていた。40代に見えるが頭にはだいぶ白いものが混じっていた。そして青いファイルに入っている資料をチラチラとカンニングしながら説明を続けた。
「えっ、時給の方は1200円、ですね、ただですね、ぶっちゃげ、研修期間というものがありまして、その間はですね、時給は1000円になります」
 “なります”の「す」のところで、教師みたいな高圧的な目を翔太に向けた。
「はあ……」
 翔太はテーブルの下で右手をグッと握った。
「その研修期間はどれくらい続くのですか?」
 営業マンは資料に目を移した。
「えっ、これはですね、ぶっちゃげ、個人差がありまして、具体的にいつまで、とはお約束できない決まりになっておりまして、はい」
「はあ……」
「まあ、大丈夫ですよ、ぶっちゃげ製造系なんで」
 営業マンはそう言うと、脂っこいが乾燥しきった笑いを起こした。
「はあ……」
 翔太は安っぽいちっちゃなイスに背中を預けた。足も組みたかったが、面接マニュアルでNGとされているのを思い出してやめておいた。足を組んでもテーブルの下なので見えないはずだが、しっかりと足元を見られているような気もするのだ。それにたとえ足を組んだとしても何がどう「大丈夫」なのかは突き止められそうにない。
「青柳さんはぶっちゃげいつから就業可能ですか?」
「明日からでも」
「じゃあ、いつからでも可能ということですね、はい」
 少し違うのだが……
 翔太は右手で左手を握った。
「いつ頃から入れそうですか?」
「えっ、そこにつきましては、ぶっちゃげ、先方さんとのやり取りもありますので、具体的にいつから、とはお約束できない決まりになっておりまして、はい」
 翔太は営業マンの伏字の多さにいらだちを感じ始めていた。アイスコーヒーで喉を湿らせ、カップを置くと再び両手をテーブルの下に隠した。
「あの、来週中に働き始められないのであれば、もう結構です。他探しますから」
「えっ!?」
 営業マンはあわてて資料に目と指を走らせた。
「あっ、すみません、私の勘違いでした。ぶっちゃげ、来週中……遅くても再来週の初めには就業可能ですね、はい」
 何を勘違いしたのか……、翔太はだんだんどうでもよくなってくるのを感じた。営業マンの後ろに幽霊のような若者が見え隠れしていた。コーラかなんかをすすりながらスマホをすさまじいスピードでいじくりまわしている。こいつもニートだな、翔太はなぜかその若者から同じ匂いを感じた。そして、この営業マンの伏字術に対するイライラがその若者からもなぜか感じられるのだ。

 僕はなんだか頭に血が上るのを感じた。コーラを一口すすり、スマホのゲームにもどろうとしたが、無理だった。
 だから社会は嫌いなんだよ。
 これじゃ福袋じゃないか。年始に服屋かなんかにある福袋だ。
「パープル系、Mサイズ、五千円(税抜き)、レジにて2割引き(先着5名様限定!)、会員カードお持ちの方は更に1割引き(規定あり)」
 年始じゃなかったら誰も買わないだろう。
 僕はテーブルの下にスマホを隠し、前で行われている面接の要点をスマホに書きだしてみた。
 【就業場所】旧B町○○番地
 【業種】○○の製造
 【研修期間】○○日間(時給1000円)
 【勤務開始日】○月○日
 【営業マンのウェスト】○○○cm
 これじゃ福袋だ。本当に中身は入っているのか?ぶっちゃげ、これから中身を入れていくんじゃないのか!?

 太郎は青のファイルを一旦置いて、テーブルの下で指にめり込んだ結婚指輪を回そうとしたが回らなかった。太郎は、新築を購入するために最近組んだ35年のローンをふと思い出した。
 こんなことあと35年もやらなくちゃなんないのか……
 太郎は心の中でため息をついた。先から見ている書類の派遣先情報には会社名と所在地は載っているが、それ以外は空欄だった。この会社とはまだ仮契約しかむすべていないのだ。しかし、派遣できる人材を今から一人でも多く確保しておきたいのが、今の太郎の本音だ。
 オレには営業なんてむいてないんだよ、まったく。
 太郎は指輪をはずそうと試みるが全く動く気配はなかった。


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