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●●者は名もなき少年だった

18/09/21 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 kanza 閲覧数:112

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 お預かりしてきた古文書を前に唸り声をあげてしまう。
 かつて(十数年前の大学生だった頃)は幕末志士のコスプレ姿で歴ドル(歴史アイドル)と呼ばれていた私も、今やスーツ姿でテレビなどに出演させてもらっている幕末の専門家。古文書だって、小学生の頃から読みこなしてきているのだが――これは難解。大事な箇所が黒塗りになっているのだ。
 日付は黒塗りだが、慶応とあるので江戸末期のことで間違いないだろう。場所は京都のようだ。
 文書を読み解きながら、物語を作るように想像していった。

 末弟の三郎(黒塗りのため便宜上の仮名)は十五になるというのに家業を手伝おうともせず、幼き頃より剣さえ強くなればと木刀を振るっておるのです。
 なんとかしなければと思っていたその頃、わたしの奉公先である京都屋(黒塗りのため仮名)に右様(仮名)が宿泊するようになっておりました。噂によれば、江戸の道場で剣技を磨いた達人だそうです。そこでわたしは三郎の鼻柱を折って改心させようと考えました。
 お前など本物のお侍さんの足元にも及ばないと挑発し、慶応某日(日付黒塗り)の夜、京都屋へこっそり引き入れ、二階へと連れていったのです。
 部屋には右様と、もう一人お侍さんがおりました。右様は気さくなお方で、事前に三郎のことを話すと、お安い御用ぜよ、とお引き受けくださっていました。ですが、お侍さんの方は何も聞いていなかったようで、無礼だ、とひどくお怒りになられました。
 お二人の前で膝をつくわたしの後ろでは、すでに三郎が目を血走らせております。
 右様は手にしているお猪口をぐいっと傾け、刀を手にして立ち上がりました。そして、鞘から抜いたのです。
 思わず体が震えだしました。後ろの三郎からも不安な様子が伝わってまいります。木刀や竹刀では敵なしでも、真剣とは闘ったことなどなかったのでしょう。
 そんなわたしたちを前にして、右様はにやりと笑いました。そして、真剣を投げ捨てるように置き、鞘でかまえたのです。
 鞘であることにほっとしたのも束の間、わたしの体を蹴り飛ばすようにして、三郎が右様に木刀を振りかざしていきました。
 ですが、やはり本物は違うものです。わたしの思惑どおり、三郎の鼻柱は簡単に折られました。鞘で何度も叩きのめされたのです。
 お怒りだったお侍さんも、まるで見世物でも見ているかのように、囃し立てながらお酒をあおっておりました。
 あの時を思うと、わたしは本当に浅はかでした。引きずってでもすぐに三郎を連れ帰るべきだったのです。
 うずくまっていた三郎は顔を上げ、小馬鹿にするように笑うお侍さんをひと睨みすると、次の瞬間、向きを変えて飛ぶように身を走らせました。一瞬、身をかがめて転がっていたものを掴み、勢いそのままに突き進んでいったのです。その先には、ひと仕事終えたという感じで腰を下ろそうとする右様の姿があります。
 お侍さんから激しい声が飛び、右様が振り返った瞬間、真剣を手にしていた三郎の腕が動き、風が切られました。
 まるで時が歪んだように、赤いものが右様の額からゆっくりと吹き上がっていました。
 何がなんだかわかりませんでした。それでも茫然とする三郎を引きずるようにして部屋から飛びだしていました。
 階段を下りようとしたところで、店の入口から声がしてきたので、とにかく近くの物置き部屋へと引きずり入れました。
 その時、階下から誰かの絶叫が聞こえ、近くの部屋からはお侍さんの、ほたえな、という声が聞こえてきました。
 その後は階段を駆け上がってくるいくつもの音がし、怒号が響く中、わたしたちは部屋の隅で、ただただ身を寄せ合うようにして震えていました。

 私は、ゆっくりと息を吐きだした。脳裏にはひとりの人物が浮かんでいる。
 彼の致命傷は額の刀傷だったと伝えられている。だとすると――幕末の英雄、その真の暗殺者が名も知れぬ少年だったとでもいうのか。
 専門家として名が通ってくると、怪しげなものが持ちこまれることも多い。だから、これだって作り話しか何かだと笑い飛ばしてしまえばいい。
 だけど、古文書を受け取りに行った時の姿がそうさせてはくれない。
 病室にいた彼(明治より続く老舗料亭のご主人)は、頬がこけた顔に笑みをうかべ、余命はいくばくもないと口にしていた。
 先祖より他言することなく受け継がれてきたという古文書。もし、数年前の事故でご主人の奥さんと子どもさんが亡くなっていなければ、きっと今後もこのまま受け継がれていったのであろう。
 ご主人は、これ(古文書)はあなたのお好きなようにしてください、とおっしゃっていた。
 ひっそりと受け継がれてきた古文書――黒塗りにしながらもそれでも残されてきた意義。一族が長年背負ってきたであろう十字架。
 それらが今、私の肩に重く圧し掛かっている。


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