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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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彼女の名前はやまとなでし子

18/09/19 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:158

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「いい、あの女優さんのことを絶対、本名でよんではいけないわよ。なんでも良家の令嬢だとかで、親類縁者は貴族階級が多く、しられたら大変らしいの」
 教室のすみにつみあげられた椅子をおろして、窮屈そうに腰かけているみんなにむかって、主任の美香子がいった。
 自主制作の映画を作る目的できょう、許可をもらって取り壊し予定がある小学校校舎にあつまった制作スタッフや役者たちのなかに、一人いやに垢抜けした大柄の女性がいた。美香子がみんなに注意したのは、その女性のことで、注意されるまでもなく誰も彼女の本名などしらなかった。
 わき役で出演するランコが、向こう側でメイク中の当人をみやりながら、
「顔はメイクでわからないということですか。ところで、芸名は、なんていうのです」
「あなたたちできめてあげて」
 それにはみんな、信じられないといったふうに顔をみあわせた。
「彼女はいつも、その流儀よ。それが素敵な名前なら、出演者蘭にはその名で登録するらしいわ」
「じゃ、彼女のでている映画は、どれもちがう名前でのっているというのですか」
 まだ腑に落ちずにいるランコは、たすけをもとめるように役者仲間の六太をみた。
「役者もいろいろさ。ものかきでも、作品のたびにペンネームをかえる連中だっているんだから。スタンダールなんか、その名に定着するまで七百ちかい筆名をつかったってだれかがいってたよ」
「だけど、他人につけてもらうなんて、あの人もずいぶんね。さすがは貴族出身だわ」
「おれたちで、彼女を喜ばせる名前を、考えてやろうじゃないか」
 しかし、いくつもの名前をあげるものの、なかなかこれというのをおもいつかなかった。
「あの人の印象からしたら……どことなく、大和撫子って感じがするから、純和風の芸名がいいんじゃないかしら」
 美香子の助言でみんなは、その純和風の名前をだしあった。
 藍染絣、朝日乃若葉、じゃぱんよーこ、留袖小町――それらの名前をひとつひとつメモするランコだったが、これだ、とその顔がうなずいたことは一度もなかった。
「日本の花をイメージして、かきつばたマキ、もひとつ、おみなえし雪っての、どうだ」
「まるで時代劇に登場する女スリだわ」
「いっそ、やまとなでしこそのままじゃだめかしら」
 美香子はあくまで大和撫子にこだわりたい様子だった。
「末尾の『こ』は漢字の子にしたら、名前らしいんじゃ」
 ランコの意見はとりあげられて、結局、『やまとなでし子』と決定した。
 ランコがその名を教えようと本人のところにいきかけたとき、アマチュアなのにプロ並みに高圧的でなにより権限をふりまわすのが大好きな監督が、全員に集合をかけた。いよいよこれから撮影がはじまるとあって、役者もスタッフもいちようにいろめきたった。ランコもまたじぶんのことでいっぱいになり、その名をつけた本人に告げるのはあとまわしにすることにした。
 撮影が終了するまでの二か月間、まさに疾風怒濤のような日々がつづいた。出演者たちはビデオカメラのまえで、とにかく夢中で動きまわっていた記憶があるばかりで、いったいどんなものができているのか、この目で撮影したものをみないかぎり皆目わからないのはだれもがおなじだった。
 そしていつものように、主任の美香子の家で、出演した役者全員とスタッフが集まって、完成した映画の試写が行われた。映画は一時間ものの作品で、廃校ににげこんだ殺人犯と、そこにすみついているホームレスが小学校の同級生だとわかってふしぎな友情がめばえる物語で、その二人と、恋人に裏切られて自殺目的でやってきた女性のからみなどがあり、これで登場人物たちにもうすこし演技力があれば自主映画としてはなかなかのできだとおもわせるものにしあがっていた。そのからみの女性が、みんなが名前をきめたあのやまとなでし子だったのだ。ランコは自殺志願の女性の彼氏を奪いとる悪女役で、回想シーンではそれは毒のある女を演じていた。
 けっこうなもりあがりをみせた試写もおわり、監督スタッフ役者たちともども、それなりの満足感をうかべてエンディングにみいった。
 やまとなでし子の名は、殺人犯を演じた役者のつぎに名前がでてきた。主任の美香子が事前に登録していたようだ。
 ランコはこのときになってはじめて、その名を本人におしえるのを忘れていたことに気がついた。まあしかし、まんざら悪い名前でもなし、もしかしたらだれかが本人の耳にいれていることも考えられた。さして気にすることもなく彼女は、画面上をあがってゆく『やまとなでし子』の名を目で追っていた。
 いきなり電気にでもふれたかのように、座っていた椅子からとびあがったのは、その当人だった。
「だれ、私の本名をのせたのは」
 自殺どころか、いまにも人でも殺しかねないようなすさまじい形相で、やまとなでし子は叫んだ。


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