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入江弥彦さん

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神さまは世界が終わると言ったんだ

18/09/17 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 入江弥彦 閲覧数:321

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 明日で世界が終わる。
 この地球がなくなって、僕がいなくなって、暴力的な両親も消えて、仲の良い友達は元からいないけれど、僕に無関心な教師たちも消える。それから風子も。
「私ね、実は××なの」
 いつもその言葉だけノイズ交じりに聞こえているから、正確なところはわからないのだけれど、僕は彼女が何者かであるということを知っていた。
「ねえ、耀太くん見てよ、教科書が四冊になっちゃった」
 風子はスクールバッグの中から、乱暴に引き裂かれた教科書を取り出して僕に見せると、笑いながら橋の下にそれを投げた。水面で大きな水しぶきをあげた風子の教科書はすぐに見えなくなってしまう。風子の受けた仕打ちも、クラスメイトが悪者であるという証拠も、今ではすべて水の中だ。
 世界というのも、こんな風にあっけなく終わるのだろうか。
 僕が何も言えずに橋の下を覗き込んでいると、彼女がよいしょと言って橋の欄干の上に立った。風が吹いて、彼女のスカートをまくり上げる。水玉模様の布が、彼女の人ではない部分を頼りなく覆っていた。
「あ、見たでしょ」
「見てないよ」
「見てもいいよ」
「えっ」
「嘘です」
 数十センチしかない欄干の上を歩きながら風子は人ではない顔で笑う。女性というのは、いつから女性なのだろう。つい半年前までは女の子で、僕と同じ人だったはずなのに。いつの間にか、まったく知らない、まるで他の生物のようになってしまった。
 そうしてしばらく歩いていると、隣に止まった車の窓が開いて、危ないから降りなさいと知らないおじさんが怒鳴った。僕は風子の手を取って車とは反対側に走り出す。
 これは日課だ。昨日も、今日も、明日も、それから明後日も続くはずだったものだ。
 しばらく走り続けて、人気の少ない道で風子の手を離す。息が上がった僕とは対照的に、風子は涼しい顔をしていた。女性というのは、やはり人ではない。風子が人ではないということは、僕は出会った時から知っていたのだけれど。
「本当に、明日世界が滅びるの」
「ええ、本当。私は消えるわ」
 僕が言うと、風子は何でもない風に答える。
「僕も消えるの?」
「さあ、どうでしょう。私は××だからわかるけど、教えてあげない」
 いたずらに笑う風子の声が、またがさりと汚れた。
 口の動きで、何を言っているのか分はかっていたけれど、僕はそれを知らないふりをした。身分違いの恋にもほどがあるのだから、何も考えずに彼女と一緒にいたかった。
 家の前につくと、両親の怒鳴り声が聞こえた。なにか、大きなものが壊れたような音がして、二人の声は止まる。
 風子は僕の手を握って、家から遠ざけるように歩き出した。
「何を考えているか当ててあげよっか」
「わかるの?」
「わかるよ。だって私は神さまだもん」
 今度は、綺麗に、はっきりと彼女の声が聞こえたけれど、僕は知らないふりをした。


 夜の公園には意外と人がいて、僕と風子は狭い土管の中で息をひそめた。風子と出会った半年前は、こうして触れるようになるなんて思ってもいなかった。
「何考えてるの?」
「風子と出会った時のこと」
「あ、美人局扱いされたやつだ」
「それは、悪かったって」
 教科書を使い物にならなくされてしまった僕に声をかけた隣の席の風子は自分のものを見せると言ってきたのだ。クラスからの好奇の視線のせいで、彼女を仕掛け人の一人だと思ってしまったのだけれど。
 あの日もどうしてかと聞く僕に、風子は神さまだからと答えたのだった。
「ねえ、そろそろ日付が変わるよ」
「本当に世界は終わるの?」
「しょうがないなあ、耀太くんには世界の終わりを見せてあげよう」
 そう言って土管から這い出た風子の後を追いかけると、彼女は僕の手を掴んでぎゅっと指を絡めた。いつもと違う顔をしたいつもの道を歩いていると、まるで彼女の世界に迷い込んだように思える。
「世界はここで終わるの」
 そこは、橋の上だった。
 僕はなんとなく、風子が次にとる行動がわかって手を離す。欄干の上に立った彼女が僕を見下ろしてからしゃがみこむ。足の隙間から見えている下着に気をとられることもなく、彼女の瞳をじっと見つめる。
「私ね、耀太くんのことが好きだったんだよ」
「でも、身分が違う」
「そうだね、私は神さまだから」
 だからこれは神さまからの最後のおつげです、と言って彼女は僕の頬を両手でつかむ。
「世界は今ここで、終わるんだよ」
 一瞬だけ触れた唇が、女性も人であると思いださせる。
 僕が何かを言う前に、風子はゆっくりと倒れて水の中に溶けて行った。
 神さまのくせに、ぼちゃりとした不格好な水音をたてて。


 教室に入ると彼女の机には花が飾られていて、クラスメイトの一部がひそひそと笑いながら僕を見た。
 風子は本当に神さまで、確かに世界は終わったのだ。


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