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本宮晃樹さん

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罰当たりなアミノ酸

18/09/15 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:159

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 信心深く、かつ能力の低い者は狂信者になる。
 信心深く、かつ能力の平均的な者は無害な信徒になる。
 信心深く、かつ能力の高い有神論者は教祖になる。
 では信心深く、かつ能力の高い有神論者で、おまけに気ちがいじみたフェミニストだった場合は?
 むろん、道徳的な生化学者になるのだ。

     *     *     *

「どうでした」期待を込めたふりをしながら、上司の検査結果を問いただす。「異常なんかなかったんでしょ」
 大の男が泣き出しそうな表情で首を振った。「いや、俺も例の〈ジェノサイド〉に罹っちまったらしい」
 わたしは有無を言わさぬ勢いで検査結果の紙切れをひったくった。ひどいものだった。七十歳の老人にも劣るほど各数値がてきめんに悪い(きょうびの老人たちがすこぶる頑健であるのを差し引いてもだ)。これが五十歳にも満たない男の健康状態なのか? 毎日五キロのジョギングを欠かさないフルマラソンを趣味にした男の?
「俺が知る限り、この建物は世界でいちばん清潔な場所だ。ちがうか?」
「おっしゃる通りです」〈ジェノサイド〉撲滅財団の研究棟がもし汚染されているのなら、地球上のどこだって感染を免れる見込みはない。「ぼくたちは一巻の終わりなんでしょうか」
「だろうな」上司は肩をすくめた。
〈ジェノサイド〉と呼ばれる奇病が流行り出してたったの数年で、世界人口は三分の一にまで減少した。不公平なことに男女差があり、比率にして9:1となっている。男ばっかりやたらに死んでいるのだ。元来男性は短期決戦型の「もろい性」であるが、それにしたって偏りすぎている。
 なにより驚きなのは、そこらじゅうに解剖用の献体が転がっているというのにいまだ病原を突き止められていないという点だろう。細菌なのか、ウイルスなのか、神の怒りなのか。生き残った人びとはいつまで経っても原因を突き止められないわれわれ科学者に見切りをつけ、宗教的な解釈に傾いている。
 キリスト教徒は千年王国が到来する前兆だとし、〈ジェノサイド〉は最後の審判であると主張している。イスラム教徒はアッラーは至大なりとのたまうばかり。仏教徒はもちろん諸行無常の一点張りである。
「なあ、俺もあいつらの仲間入りをするのか」上司は頭を抱えた。「小便をもらし、ケツの穴に指を突っ込んでてめえのクソを文字通り食べるニタニタ笑いのゾンビ野郎に。あげくに心臓が壊死してぽっくりくたばる。俺にゃとても耐えられん」
「心配するこたないですよ。遠からずぼくもそうなるんですから」
「なんの慰めにもならんな」自嘲気味に笑った。「多数存命でいらっしゃる女性さまに慰めてもらわにゃ」
 さっきからどうも上司の言葉が引っかかる。ケツの穴に性行為の暗示。啓示を得るというのはこういうことなのか? 突如として無関係だと思われた事柄がイコールで結ばれたのだ。
「アミノ酸欠乏症だ」今度はより自信を持って、「中枢神経障害と心臓病。アスパラギンとセリンの不足ですよ!」
「なにを言ってるのかさっぱりわからん」
 大急ぎで端末を操作し、アミノ酸一覧表のページを呼び出した。「見てください、アスパラギンの略称はAsn、セリンはCerです。ピンときませんか?」
「あいにくと凡庸ないち研究医でしてね」
「Asnはアヌスのつづりに似てます。後者はセックスのそれと一文字ちがいだ」
「なるほど、そいつは気づかなかった」上司はぴしゃりと額を打ってみせた。
「もしお節介なフェミニスト野郎が神の名において、これらのつづりを伏せるべきだと考えたらどうでしょう」
「汚い言葉の入ってるアミノ酸は罰当たりだからむしろ、人体から消しちまったほうがいいってわけかね」上司は肩をすくめた。「それが正しいとして、なんで女は許されてるんだ?」
「X染色体ですよ。連中は余分な遺伝子をもう一本持ってます。普段は不活化されてますが、〈ジェノサイド〉はそいつを目覚めさせてるのかも」
「で、当の〈ジェノサイド〉とは結局なんなんだね、名探偵」
「ありふれたウイルスなんかじゃないはずです」すぐにひらめいた。まったく啓示の力とは恐ろしい。「シトシン塩基のメチル化ならどうです」
 遺伝子の最小単位である塩基にメチル基がくっつくと、その部分の機能がオフになる。アミノ酸合成経路をメチル化で阻害すればよいのだ。それと同時にX染色体不活化を脱メチル化する。メチル基はタンパク質の鎧であるカプシドで覆ってやり、標的遺伝子の付近で解放される。不浄な男は死滅し、そうでない女は生き残る。神の御名において。
「俺たちは誰を恨めばいい?」と上司。「神か? フェミニズムか? それともばかな真似をやらかした道徳的生化学者か?」
 わたしは自信たっぷりに宣言した。「罰当たりなアルファベットを使った初期の命名者を、ですよ」


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