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hayakawaさん

大学院生です。

性別 男性
将来の夢
座右の銘 能ある鷹は爪を隠す。

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暗い夜

18/09/15 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:2件 hayakawa 閲覧数:194

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 大学院を神経衰弱で中退した。あの頃の俺はどうかしていた。俺は将来作曲家を目指すという理由で就職もせず、今の塾のアルバイトを始めた。
 生徒はとにかく褒めた。高学歴だった過去の俺と同じように上を目指してほしかった。
「この問題わかります?」という反抗的な生徒のメタファー。それは反抗期を繰り返してきた昔の俺と似ていた。
「因数分解はこうやって解くんだよ」
 俺は一から生徒に教えて、そして問題ができると、「お前は凄い」と褒めた。
 そんなことをしているうちに反抗的な生徒が夢を語り始めた。
「将来はプログラマーになって家庭を支えたいです」
 俺のおかげだろうか。俺にはそんな力があるのだろうか。
 誰かに褒められたことなんかほとんどなかった。俺の両親も姉も静かな感じで俺に干渉してこない。
 そもそも大学院を辞めて、心底疲れ果てて、それで塾のアルバイトをして、自分のおこずかいくらいしか稼げない現状を考えている。
 暗い夜に一人で歩いていた。一人でいるとき、俺には偉大な力があるような気がしてしまう。それで俺は大学院を辞めて作曲を習っていたが、それなりに上達した。とあるサイトで奇跡的に選考に通った。講師はプロのピアニストで、俺のことを指導するときは褒めてくれた。その経験がとりあえず褒めるという俺の指導方を生み出した。
 俺と同じような境遇の過去の偉大な作曲家を探しては俺にも力があると信じている。女に持てて優れた仕事をしたい。でも今まで誰とも付き合ったこともなければ、正社員になれるわけでもなかった。
 暗い夜に眠れずに光を求めて街をさまよう。○○。〇〇。○○。言いたいことは山ほどあるが、それは誰にも伝えられない。
 自信と叶わない現実。
 家に帰ると姉がいた。
「まだ起きてたの?」
「うん」
 姉は食品メーカーの正社員だ。今はプロジェクトのリーダーをやっている。
「なんだか眠れない」
「へえー」
 きっと姉は別のことを考えているに違いない。俺はそんな憧れの姉を今すぐにだって殺すことができるほど感情を失っていた。テレビのニュースも誰かとの会話も全て皮肉にしか聞こえない。
 過剰な自意識と自尊心はいったいなんだろう。これは才能なのか、それとも病気か。言えないことばかり抱えていた。
 バイトの日がやってきても俺は朝からコーヒーしか飲めなかった。気が狂いそうだった。それくらい神経が衰弱しているのだ。
 大学院で教授に反抗的な態度を取り、結果を出せず怒鳴られたことがきっかけだった。それがトラウマになって、心身はすり減っていった。
 医者からは神経衰弱と言われて、抗不安薬を処方された。
 夜、不安で眠ることができず朝を迎えることが多い。それで午後からの塾のバイトにした。週に一回作曲のレッスンを受ける。
 過剰な自尊心のせいか俺は人より成長が早いみたいだ。
 バイトが始まり、反抗的な生徒に当たり、俺はそいつをなんとか褒めては問題を解かせることを繰り返し、終わる頃には「ありがとうございました」と生徒から言われた。彼は笑顔で俺にはそれが嬉しい。
 将来は高校の教師になろうかなんて思っている。
 家に帰り好きな作家の本を読み、人のふりをすることについて考える。なんだかんだいって、俺には塾のバイトすら遊び感覚だ。
 この衰弱さえ治れば、きっとそこには自尊心を持った俺がいるはずだ。でもその頃にはもう同期はみんな三十歳くらいだ。
 人生でやりたいことなんかやりつくしているかもしれないなと思う。
 また今日も暗い夜に、街を歩く。死にたいが本当に死にたいわけじゃない。どっちでもいいだけだ。誰かが死んでも平気で笑えるようなやつが俺だった。だけどネズミすら殺すことには抵抗を感じる。でも大学院の時は平気で殺していたのだ。そこに臆病さも何もなかった。
 あの大学院時代。周りの声全てが皮肉に感じた俺は研究室にいるのが嫌で図書館で過ごしていた。そして眩暈がしそうな現実の中で、友達とふざけて遊んでばかりいたら、教授から怒鳴られた。
 俺はもう人と関わるのが怖くて仕方なくなった。誰かの肩に触れることすらも怖くて仕方がない。
 人間不信、人間恐怖。俺の好きな作家みたいだった。
 今日も暗い夜に一人出歩く。空には星が輝いている。いつからか他人の目ばかりを気にして、そして周りから断絶し、そして空ばかりみるようになった。空の景色を美しいとは特に思わない。
 昼に寝て夜にバイトをする。俺が教えた生徒が真面目に勉強しているのを見て、やっぱり俺には才能があるのか、それとも俺の過剰な自意識の見る世界なのかと思う。


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このストーリーに関するコメント

18/09/16 雪見文鳥

拝読しました。とても面白かったです。
未来の見えない主人公の気持ちが、わかりやすい文章で綴られて、するりと物語に入っていけました。
最後の数行は、ふらふらと彷徨うようであり、けれど全く希望の見えないわけでもない感じがしてなんともいえませんでした。これからも頑張ってください。

18/09/17 hayakawa

コメントありがとうございます。嬉しいです。

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