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鮎風 遊さん

この世で最も面白い物語を見つけ出したい。 そのために、ひとり脳内で化学反応を起こし、投稿させてもらってます。 テーマに沿った個別物語の他に、いくつかのシリーズものをコツコツと書き続けさせてもらってます。 その主なシリーズものを紹介させてもらいます。  ☆❤☆❤☆ 新シリーズ 『ツイスミ不動産』 __ 2017.07.16よりスタートさせてもらいました。 カサリンとクワガタ野郎があなたが求める終の棲家を紹介いたします。  ☆❤☆❤☆ 『刑事 : 百目鬼 学(どうめき がく)』 __ 2017.05.21 ただ今、27話 __ 1話完結の2000文字推理小説です。この少ない文字数の中で、百目鬼刑事と部下の芹凛(せりりん)がいかに事件を解決していくか、その醍醐味を味わって頂ければ、光栄です。 これからも引き続き難しい事件に挑戦して参りますので、よろしくお願いします。  ☆❤☆❤☆ 『漢字一文字の旅』 __2017.04.04 ただ今、連載41__ 漢字にまつわるエッセイです。  ☆❤☆❤☆  『歴詩』 __歴史上の人物になりかわって、その波瀾万丈の生き様の思いを詩に綴らせてもらってます。 本作品については、フォト音(on)小説という形で、you tubeにもUPさせてもらってます。 詳細はこちらHPです。  ☆❤☆❤☆  http://ayukazeyuu.net/index.html  ☆❤☆❤☆                         よろしくお願いします。              

性別 男性
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鞍馬寺のパワー

13/01/15 コンテスト(テーマ):第二十二回 時空モノガタリ文学賞【 お寺 】 コメント:10件 鮎風 遊 閲覧数:3541

時空モノガタリからの選評

最終選考

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 昭和七年(1932年)の秋、寛(ひろし)と志ょう(しょう)は鞍馬寺を訪ねた。もう幾度も来ているが、今回は鞍馬の門前町から入山し、貴船(きぶね)へと下りた。
 俗界から浄域への結界、その仁王門を超え、清少納言が「近うて遠きもの、くらまのつづらおりといふ道」と記した九十九折り(つづらおり)参道を登った。
 そして本殿金堂へと。ここは毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王尊の三身一体が本尊であり、尊天と称されている。尊天はこの宇宙のすべてを生かすエネルギー、森羅万象を支配する力だ。
 寛と志ょうの二人はここでパワーをもらった。そしてさらに奥へと。
 そこには義経の脊比べ石がある。それを見ながら木の根道を歩き、奥の院魔王殿へと辿り着いた。ここは650万年前に金星より魔王尊・サナト・クマーラが降臨したとされている。このようなミステリーの聖域で、二人は霊験をあらたかにし、貴船へと急な坂を下った。

 清流に迫りくる紅葉が真っ赤に色づき、まことに美しい。それに心が癒やされたのか、茶屋で一休みする寛と志ょうは一服の茶を楽しみながら、穏やかな時の流れをやり過ごしている。
「寛さん、ここらでどうですか、記念に一句詠んでみませんか?」
 結婚してもう三十一年の歳月が流れた。五十歳を超えた志ょう、二十歳の時に堺の旅館で行なわれた歌会で寛に出逢った。そして不倫となり、前妻の竜野から、言葉は悪いがこの男を略奪した。
 そんな夫と歩んできた幾星霜、夫はもう還暦に近い。最近どうも弱ってきたようだ。ひょっとすれば鞍馬山に登れるのもこれが最後かも知れない。そんな心の内を隠し、「一句詠んでみませんか?」と促してみたのだ。
 妻からいきなり勧められた寛、「どうだろうかな」と躊躇しながらも、懐より短冊を取り出した。そしておもむろに。
『遮那王が 背くらべ石を 山に見て わが心なほ 明日を待つかな』
 寛はこう筆を走らせた。そして与謝野鉄幹と名を添えた。
「これ、どうだろうか」と短冊を手渡された志ょう、思わずぷっと吹き出してしまった。あまりにも幼稚で、深みがないのだ。まるで写生だ。

 志ょうは元妻から寛を奪い取り、一緒になった。そして長年連れ添ってきた。知り合った頃、寛は勢いがあり、ギラギラと油っぽく輝いていた。

 あゝおとうとよ、君を泣く
 君死にたまふことなかれ
 末に生まれし君なれば
 親のなさけはまさりしも
 ……

 日本近代浪漫派の中心的な役割を果たしていた寛は機関誌・明星を創刊した。そして、日露戦争に従軍する弟を思う、志ょうの詩を世に出してくれた。
 それから志ょうの処女歌集『みだれ髪』をプロデュースし、与謝野晶子としてデビューを果たさせてくれた。確かに夫はやり手だった。
 だが、『遮那王が 背くらべ石を……』とは。この歌にはかってのような覇気が感じられない。志ょうが男の熱き熱情を吸い取ってしまったのだろうか。それにしても結婚後、道理で寛は売れなかったはずだと、志ょうは妙に納得してしまうのだった。

 しかし、志ょうは思う。この人は一体……なんなの? と。
 徳山女学校の教師時代に、二人の女子生徒を孕(はら)ませて、二度の結婚離婚を繰り返し、私が三人目の妻。挙げ句の果てに十二人の子供を産まさせて、本人はずっと鳴かず飛ばずの歌人。それでも無邪気に遮那王と詠み、まるで満足げだ。本当に変わった人だなあ、と。
 志ょうはこんな思いを巡らせながら、短冊を夫から取り上げた。そしてやおら筆に墨を付け、あとはさらさらと。

『何となく 君にまたるる ここちして いでし花野の 夕月夜かな』
 志ょうは達筆で、与謝野晶子と名を入れた。そして「どうですか、これ?」と寛に手渡した。
 歌人・与謝野鉄幹が「君、さすがだね、いい句だよ」と褒める。そんな言い回しに、志ょうはくやしい思いがする。寛のことを、また詠んでしまったわ、と。

 そんな男と女の隙間に、色づいた紅葉がハラハラと舞い落ちてきた。志ょうは五十路(いそじ)の指でそれを摘まんでみる。そしてボソボソと。だが心の叫びを呟いてしまう。
「今日は鞍馬寺で一杯のパワーを頂きました。だから、またたくさんの歌、詠ってみとうございます」
 これに寛は達観したかのように微笑み、「そうしなさい」と優しく返す。しかし、寛も鞍馬寺のパワーを充分授かったのだろうか、天馬空をゆく、されど悩める若人の歌を脳裏にと蘇らせ、まるで自分の生涯がそうであったかのように、一節吠えてしまうのだった。

『われ男の子(をのこ) 意気の子名の子つるぎの子 詩の子恋の子 あゝもだえの子』と。


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このストーリーに関するコメント

13/01/15 ドーナツ

拝読しました。

最初に、すごく感動&嬉しくなったのが、「君死にたまふことなかれ」のうた。
まさか、ここでこのうたに出会えるとは。好きなうたです。

鞍馬山は若い頃行きましたが、天狗が出てきそうな、本当に不思議なパワー授けてもらえるようなとこですね。
日本の和歌は、やっぱりいいですね。
言葉の響きが好きです。

・・・あゝもだえの子>  これ最高

日本情緒に浸らせていただきました。ありがとうございます。

13/01/15 泡沫恋歌

鮎風さん、拝読しました。

与謝野鉄幹と晶子の物語。
大変興味深く読ませて頂きました。

歌人同士の夫婦って、やっぱりどちらかに才能を吸われちゃうのかなあ。
与謝野鉄幹は昔は有名な歌人だったけど、今では与謝野晶子の方が
ずっと有名ですものね。

13/01/15 草愛やし美

鮎風遊さん、興味深く拝読しました。

与謝野鉄幹と晶子は道ならぬ恋の末に一緒になった、それだけ情が深い仲だったでしょう。そういう情熱の人でないと、歌など歌えないのかもしれません。でも、鉄幹はかななりの女道に長けた方だったようですが、あまりにそちらに重点を置きすぎてパワーを女たちに吸い取られたのかも――歌を歌うより女問題のトラブル解決に労力を使いすぎたとか(苦笑)

私は、京都生まれですが、未だ鞍馬山に行ったことがなく、この作品を読んで、是非一度パワーを戴きに行きたいものだと思いました。

13/01/16 鮎風 遊

ドーナツさん

コメントありがとうございます。

そうですね、あゝもだえの子、この言葉が良く、締めになりました。

とにかく鞍馬は不思議な所です。

13/01/16 鮎風 遊

泡沫恋歌さん

与謝野鉄幹は若い時はキレの良い言葉を使っていたようですが、
末尾の文以外にも、
「妻をめとらば才たけて顔うるはしく情けある、友を選ばば書を読んで六分の侠気四分の熱。あぁ我ダンテの詩才なく」とか。

それを妻・晶子が吸い取ってしまったのでしょうね。

13/01/16 クナリ

短編ならではの、場面を限定してクローズアップされた生々しさと存在感がありました。
文章も固すぎず、読みやすかったです。

13/01/16 鮎風 遊

草藍さん

私は鞍馬が好きで、何度も訪ねてます。
是非行ってください。

義経はここで天狗と修行し、夜に五条大橋まで出掛け、弁慶に会う。
他に鬼伝説や宇宙人伝説があり、まさにミステリーゾーンです。

不思議な気分になります。

13/01/16 鮎風 遊

クナリさん

コメントありがとうございます。

いつも2000文字に入らず、削りに削っているのですが、
今回は初めから80文字ほど余りました。

不思議です。

13/01/16 そらの珊瑚

鮎風さん、拝読しました。

妻の才能には負けていると認識していて、なお、睦まじく夫婦でありつづけた鉄幹という人は、もしかしたら懐の大きな人だったのかも。

13/01/22 鮎風 遊

そらの珊瑚さん

確かに鉄幹は大物かも。
晶子に生涯を捧げたのでしょうね。

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