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みゆみゆさん

「芥川賞を目指して小説を書きたい」と友人に話したところ、まずは2000字をコツコツ書いていくといいよと、「時空モノガタリ」を紹介してもらいました。コツコツやってみます。

性別 女性
将来の夢 健康な一人暮らし
座右の銘 「人は人、自分は自分」

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それは九月の朝

18/09/09 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:4件 みゆみゆ 閲覧数:330

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 ノートを開くと伏字の黒丸があちこち散りばめられた文章が現れる。それが私となみちゃんの交換日記の特徴。教師や生徒の名前といった固有名詞は勿論、感情を表す動詞や時には形容詞さえ伏字。仲良しの二人にしか分からないと言えば聞こえは良いが、お互いに分かっていない可能性もある。
 伏字だらけのそのノートがクラスメートにばれないよう、私たちはこっそりと渡し合っている。幸い二学期が始まった今でも一度も見咎められたことはない。みんなはノートに関心を示さなかった。もっと言えば、私となみちゃんに関心を示すクラスメートがいなかった。必死で勉強してやっと入学できたこの高校で、私たちはどうしてか誰からも声を掛けられたことが無い。入学式にはすでにクラスのライングループが出来ていたようで、それなら私たち二人以外はさぞ仲睦まじい高校生活を謳歌すればいいものを、四月に一人、五月に一人と、毎月のように自主退学する生徒が出ている。夏休み中にも一人いなくなっていて、月に一人のペースは続いていた。教室の入り口脇には「善因善果」のスローガン。あの四文字にこそ伏字が似合う。自主退学の原因がいじめなのは分かりきっている。私となみちゃんだけはいじめの対象からも外れ、教室という宇宙の無音に包まれ息を潜めていた。
 だから、クラスの男子がなみちゃんに話しかけているのを見て驚いた。男子は私たちの交換日記を手にして「なんだよ、この不気味なノートは」と絡んでいる。どうして今さら絡んでくるのかその行動の方がよほど不気味で、ゾクリと全身が粟立った。なみちゃんは何かを言いかけるようにうっすらと口を開けたまま動かない。近づこうとした時に、「ねえ、朝倉さん」と横から声を掛けられた。なみちゃん以外の生徒から名前を呼ばれたのは初めてだった。せっかくの整った顔立ちで心は歪みきっている女子が、「数学の課題やってきた?こっちで一緒に答え合わせをしようよ」と言って見せる、妖怪じみた笑顔。私は無視してなみちゃんにしつこく絡む男子に近づいていった。ターゲットはひと月に一人ずつ。九月がなみちゃんなのに間違いはなかった。
 「朝倉が無視したあ」と言う耳障りな声が交換日記を奪い取った瞬間に聞こえなくなった。ノートを開き、伏字の小さな黒丸を男子に向かって思い切りパチンと弾き飛ばす。すると黒丸は見事額に命中し、男子はぐらりと膝から崩れ落ちた。次に私は黒丸をひとつ摘まみ取り、妖怪女子めがけてシュッと投げつける。やはり額に上手く命中し、女子が気を失って倒れ込むと、誰かの上げた悲鳴でパニックがスタートした。私は交換日記から伏字の黒丸をどんどん掴み取り、逃げ惑うクラスメートたちに投げつけ気を失わせていった。
 どうしてなみちゃんが退学に追い込まれるのだ。来月は私の番なのか。冗談じゃない、ふざけるな。力強い怒りを指先に込めて、直径五ミリ程度の黒丸を浴びせながら、私は後悔をしていた。頭の中に喫茶店が浮かび上がる。くすんだコバルトブルーの屋根、蔦や木々で覆われた外観、窓の木枠の深い焦げ茶色。学校から駅までの道をでたらめに歩いて偶然見つけたあの喫茶店にいつか入ってみたいと、ずっとそう思っていた。今月の季節のパフェはモンブランガナッシュだ。ふんわりとした栗のクリームがたっぷりと乗った上に砕いたナッツやチョコレートソースがかかっている。パフェの中にも入っているそのチョコレートソースはブラジル産のトリニタリオ種カカオ豆のもので、渋みが強く濃厚な風味が甘い栗のクリームに合うらしい。毎月ネットでチェックをするだけで、なみちゃんを誘うことは無かった。私たちは、放課後を共に過ごしたことが無かった。唯一の交流である交換日記でさえ、お互いに伏字だらけで書き殴っていたにすぎない。何処にもたどり着けない想いを伏せてきた黒丸たちは質量を高め隕石と化し、クラスメート全員をターゲットに衝突していった。

 やがて、気を失っていたクラスメートたちは徐々に起き上がり始めた。ゆるゆるとした動作で、でもきちんと自分の席に戻っていく。誰の顔も、もう妖怪じみてはいなかった。黒丸を、最後はなみちゃんにも私自身の額にもパチン、パチンと当てる。なみちゃんが目だけでうなずいた。これまで五人の退学者がいじめを受けてきたこの教室で、傍観という罪を犯してきたのは私たちも同じなのだ。
 遠のいていく意識のなか私は思う。目覚めたらなみちゃんに話そう、一緒に行きたい喫茶店のこと、すごくおいしそうなパフェのこと。ちゃんとなみちゃんに伝えて、ちゃんと高校生活を謳歌して、交換日記には様々な想いを書き連ねるのだ。もう、伏字は使わずに。


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このストーリーに関するコメント

18/09/13 文月めぐ

拝読いたしました。
いじめという重いテーマを扱いながらも、独特の発想でとてもおもしろく読めました。
主人公が自分の思いをうまく伝えられることを願わずにはいられませんね。

18/09/13 みゆみゆ

文月めぐさま

読んでいただきありがとうございます。実際にいじめにあっている人からは「けっ、ファンタジーかよ」と言われてしまいますね。でも、作中の女の子は自分の思いをちゃんと伝えられます。大丈夫です。コメントありがとうございました。にこり。

18/09/15 hayakawa

素晴らしい小説だと思います。きっとプロになれると思います。ただ流し読みしただけなのですが。黒丸が何かわかりませんでした。

18/09/15 みゆみゆ

HAYAKAWAさま

流し読みから引き込まれ読みへと変わる小説目指して精進いたします!私がプロになれそうですか?ははは(笑)。知ってます(笑)。ボールペンでノートにグリグリと書かれた丸が黒丸です。弾き飛ぶ、掴んで投げるはフィクションです。コメントをありがとうございました。

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