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本宮晃樹さん

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十年越しのクロスワードパズル

18/09/08 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 本宮晃樹 閲覧数:178

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 わたしにはクロスワードパズルに特別な思い入れがある。
 時間の空いたとき――白状すればたいていの休日が該当するわけだが――はなんでもいいから雑誌を買ってきて、記事そっちのけで目的のしろものを一日じゅう解いていたりする。
 いまもなじみの喫茶店にコーヒー一杯で陣取り、益体もないパズルに頭を悩ませている。店員の目が鋭さを増すなか、わたしの集中力は研ぎ澄まされていく。
 こんな奇特な趣味を持つにいたった理由は高校生時代にまでさかのぼる。

     *     *     *

★クロスワードパズル!
 このパズルはある二人の男女の名前を表しています。見事正解した場合、その男女は結ばれるとか、結ばれないとか? ※正解者には特典として、出題者に自分の気持ちを伝えるという栄誉が与えられます。

  日
  下
  部
佐伯〇奈美
  琴

◎縦の鍵
・陸上部のくせに足が遅い
・寝ぐせを指摘されるとセットだと言い張る
・お店に入ってもたまに水を出してもらえないくらい存在感が薄い

◎横の鍵
・おしとやかな深窓の令嬢
・理数系は苦手(あんな科目、なくなっちゃえ!)
・胸のサイズについては今後の成長に期待(大丈夫、きっと大きくなる)

「じゃん!」真奈美は満面の笑みを浮かべている。「実はこれなんだ。どうしても真琴くんのお知恵を拝借したいと思ってさ」
 大学ノートを破っただけの簡素なしろもの。一ページにでかでかと彼女の特徴的な丸っこい字体がのたくっている。
 解いてほしいクロスワードパズルがあるからどうしても残っていてほしいと懇願され、嘘八百を並べ立てて部活を休んだ。真奈美の所属する文芸部の部室で渡されたのが、これである。
 なんと言ってよいのやら言葉に窮した。わたしと彼女は図書委員で一緒になったのと、たまたまひいきの作家が同じだった関係で仲よくなってはいた。
 彼女のことが気になっていなかったわけじゃない。そうはいってもわたしは足の遅い根暗野郎だったし、真奈美も決して陽気な性格ではなかった。度のきつい眼鏡にかわいげのないゴムバンドでくくったおさげ。存在感の薄さでいえばわたしといい勝負だった。
「これが問題のクロスワードパズルか」言葉を懸命に探す。「確かに難しそうだな」
「でしょ。真琴くんこういうの得意だったよね」
 アニメグッズの専門店に突撃するとかで文芸部のオタクどもはこの日、全員出払っていた。静まり返った部室。罠にはめられた気分だった。「横の鍵が現実から乖離してるな」
「かもね」もう笑っていなかった。「やっぱり真琴くんも解けないかな」
 沈黙の重さに耐えかねて彼女のほうへ視線を移す。いまにも泣き出しそうな表情だった。
 もう耐えられない。パズルをひったくってサブバッグに詰め込んだ。「宿題にするよ。じっくり家で考えてみる」
 数日後に一度だけ、解けたかどうかを確認するメールが届いた。
 わたしは返信しなかった。

     *     *     *

 あれから十年、例の紙切れはいまだに捨てずに持っている。実家から出るときにも柳行李に忘れずに詰め、いまでもアパートの本棚でひっそりと眠っている。
 たったの一文字が伏せられただけのクロスワードパズル。そのくせついに解けなかったクロスワードパズル。
 喫茶店に籠城すること二時間、またぞろすべての空白を埋めてしまった。この雑誌ではできあがったキーワードを添えて編集部にはがきを送れば、若干名に粗品が当たるそうだ。たまには運試しでもするかと奮い立ち、指定されたマスの文字をつないでいく。
〈日下部真琴〉になった。
 慌てて「出題者の言葉」欄を見ると、「むかし好きだった男性の名前」とある。彼女は文芸に秀でていたし、その手の職業に就いていてもおかしくはない。雑誌社のお偉方がどこまでいち社員のお遊びを許容するのかわたしは寡聞にして知らないが、この日本でクロスワードパズルと関係のある男の名前が偶然に一致するとは考えられない。
 勘定をすませ、はやる気持ちを抑えてアパートへと急ぐ。
 靴を脱ぎ散らかし、本棚を漁って例の紙切れを引っ張り出した。むろん変わらずに空白のままだ。この空白はわたしの勇気がなかったために今日まで埋められずにいた。もうそろそろ過去と訣別してもよいのではないか。
 わたしは力強く、「真」の文字を書き込んだ。決意のほどを表明するため、伏せられた〇印を大きくはみ出すほどにでかでかと。
 それをはがきに同封し、雑誌社へ投函した。

 数週間後、わたしは当選した。本当に必要のない粗品だった。
 ひとつ目を引いたのは、同封された当選祝いの末尾に懐かしい丸っこい文字で次のように書かれていたことくらいだろう。
「解くのに十年もかかるなんて、真琴くんらしいや」
 それともちろん、連絡先も。


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