登録済みのコンテスト数:コンテスト310件 登録済みの作品数:ストーリー11155件
0
18/09/08 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 雪見文鳥 閲覧数:219
この作品を評価する
残念なことに世の中には、いくら言葉を尽くして喋っても、人の気持ちを理解できない人がいる。彼らに悪気はなく、自分が誰かを傷つけたという自覚がない。彼らは決してひとりになろうとしない。いつだって集団になって、たったひとりを傷つける。そして残された人たちは、か弱い自分を守るべく、必死でバリケードを作るのだ。 中学1年生の夏、私に一人の彼氏ができた。けれど一つ大きな問題があった。その彼氏には当時、別の恋人がいた。それを、私が略奪したのだ。略奪したという言い方は、もしかしたら適切ではないのかもしれないが、とにかく彼と私は付き合うことになったのだ。 その翌朝、学校へ行くと、クラスの雰囲気が少し違っていた。私の机の上には、こんな手紙が置いてあった。あ●ずさんは、人の恋人を奪う、最低な女です。 何てことだ。このあ●ずというのは、間違いなくこの私――榎本あんずのことを指しているのだろう。伏字にしたところでバレバレだが、向こうもそれが狙いなのだろう。 どうやら私が彼と付き合うようになったことが、クラスの皆にバレたようだった。この瞬間から、彼らの嫌がらせが始まった。廊下で男子とすれ違うたび、「あ●ずは最低」「あ●ずは性格悪い」と囁かれた。 今まで築き上げてきたものが、すべて崩れ去ってしまった。私は今まで、ひとりぼっちにならないように、興味ないテレビ番組に話を合わせ、休み時間のトイレは誰かと一緒に行くようにしてきた。けれど、それらの努力も、すべて無駄なものになってしまった。クラスメイトは、私が嫌いになったのだ。 一体私はどうやったら、クラスメイト達から嫌われずに済んだのだろうか。彼とつきあいさえしなければ、こんな思いはしなくてすんだのだろうか。それはちがうと思った。彼らにとって重要なのは、私にならば、どんな酷いことをしても許されるという暗黙のルールが出来上がったことなのだ。皆、人をいじめるのは良くないことだと、頭では理解しているのだが、このルールが出来上がった途端、彼らは人を貶めるための免罪符を手に入れた。そしてそのルールは、人の恋人を略奪するのは悪いことだという道徳観に裏打ちされている。仕方ないじゃない、あの子は人の恋人を奪った悪い人だからって。 でも、正しいことって、ひとつではないのだ。それに人の恋愛は所詮、他人事だ。それを面白おかし気に取り上げて、人をさらし者にするような連中とは、私は相容れそうになかった。 へこたれてばかりもいられなかった。週末になればデートだ。私は、買ったばかりのワンピースに身を包み、お気に入りの香水を身にまとい、彼のところへ向かった。「幸せだわ」 私はうっとりとつぶやいた。「あなたと一緒にいられることが」 私がこう呟くと、彼は顔を赤らめて俯いた。私は、どんな嫌がらせを受けたところで、不幸になってはいけなかった。私には、幸せにならなければいけない理由があった。 私は、一度だけ、この人の元彼女に出会ったことがある。黒髪のおとなしそうな女の子で、見る限り私と正反対のタイプだった。「私のこと、恨んでいますか?」 私がこう聞くと、元彼女は首を振った。「恨んでなんかいないわ。あなた、とっても素敵なひとだもの。あなたが残念な女性だったら、私もあなたを恨んでいたかもしれないわ。でも、大樹君の横で微笑むあんずさんを見て思ったの。私はあそこには行けない。お似合いってこういうことなんだって」 そう言うと、彼女は、私の前に右手を差し出した。「お願いよ。ずっと、大樹君のそばにいてちょうだい。そして、幸せになって」 これが、私たちがひそかに交わした約束だった。けっして引き返すことはできなかった。私は彼女の白い手をそっととり、握手を交わした。 翌日、体育の授業の後、教室に戻ると、私のカバンの中に何かが入っていた。よく見るとそれは総レースのブラジャーだった。ストラップの部分に、こんな手紙が括り付けてあった。『あ●ずさんにプレゼント 今度デートするとき、それ着けていったら?』 またこれである。考えてみれば、一番の被害者である筈の元彼女は既に私を許しているのに、何も関係のない第三者が騒ぎ続けているというのは奇妙である。私を取り巻く人間関係は、ねじれにねじれてしまった。私はそれでもかまわない。 私は、黙って手紙とブラジャーをごみ箱に捨てた。もう心は傷つかなかった。 皆と仲良くしなさいと、小さいころ、私は大人たちから言われた。けれど思うのだ。皆と仲良くやることよりも、もっと大事なことがある。残念なことに世の中には、いくら言葉を尽くして喋っても、人の気持ちを理解できない人がいる。けれど言葉を尽くさなければ、彼らは心を砕く価値もない、ただの生き物なのだ。
コメントの投稿するにはログインしてください。コメントを入力してください。
残念なことに世の中には、いくら言葉を尽くして喋っても、人の気持ちを理解できない人がいる。彼らに悪気はなく、自分が誰かを傷つけたという自覚がない。彼らは決してひとりになろうとしない。いつだって集団になって、たったひとりを傷つける。そして残された人たちは、か弱い自分を守るべく、必死でバリケードを作るのだ。
中学1年生の夏、私に一人の彼氏ができた。けれど一つ大きな問題があった。その彼氏には当時、別の恋人がいた。それを、私が略奪したのだ。略奪したという言い方は、もしかしたら適切ではないのかもしれないが、とにかく彼と私は付き合うことになったのだ。
その翌朝、学校へ行くと、クラスの雰囲気が少し違っていた。私の机の上には、こんな手紙が置いてあった。
あ●ずさんは、人の恋人を奪う、最低な女です。
何てことだ。このあ●ずというのは、間違いなくこの私――榎本あんずのことを指しているのだろう。伏字にしたところでバレバレだが、向こうもそれが狙いなのだろう。
どうやら私が彼と付き合うようになったことが、クラスの皆にバレたようだった。この瞬間から、彼らの嫌がらせが始まった。廊下で男子とすれ違うたび、「あ●ずは最低」「あ●ずは性格悪い」と囁かれた。
今まで築き上げてきたものが、すべて崩れ去ってしまった。私は今まで、ひとりぼっちにならないように、興味ないテレビ番組に話を合わせ、休み時間のトイレは誰かと一緒に行くようにしてきた。けれど、それらの努力も、すべて無駄なものになってしまった。クラスメイトは、私が嫌いになったのだ。
一体私はどうやったら、クラスメイト達から嫌われずに済んだのだろうか。彼とつきあいさえしなければ、こんな思いはしなくてすんだのだろうか。それはちがうと思った。彼らにとって重要なのは、私にならば、どんな酷いことをしても許されるという暗黙のルールが出来上がったことなのだ。皆、人をいじめるのは良くないことだと、頭では理解しているのだが、このルールが出来上がった途端、彼らは人を貶めるための免罪符を手に入れた。そしてそのルールは、人の恋人を略奪するのは悪いことだという道徳観に裏打ちされている。仕方ないじゃない、あの子は人の恋人を奪った悪い人だからって。
でも、正しいことって、ひとつではないのだ。それに人の恋愛は所詮、他人事だ。それを面白おかし気に取り上げて、人をさらし者にするような連中とは、私は相容れそうになかった。
へこたれてばかりもいられなかった。週末になればデートだ。私は、買ったばかりのワンピースに身を包み、お気に入りの香水を身にまとい、彼のところへ向かった。
「幸せだわ」
私はうっとりとつぶやいた。
「あなたと一緒にいられることが」
私がこう呟くと、彼は顔を赤らめて俯いた。私は、どんな嫌がらせを受けたところで、不幸になってはいけなかった。私には、幸せにならなければいけない理由があった。
私は、一度だけ、この人の元彼女に出会ったことがある。黒髪のおとなしそうな女の子で、見る限り私と正反対のタイプだった。
「私のこと、恨んでいますか?」
私がこう聞くと、元彼女は首を振った。
「恨んでなんかいないわ。あなた、とっても素敵なひとだもの。あなたが残念な女性だったら、私もあなたを恨んでいたかもしれないわ。でも、大樹君の横で微笑むあんずさんを見て思ったの。私はあそこには行けない。お似合いってこういうことなんだって」
そう言うと、彼女は、私の前に右手を差し出した。
「お願いよ。ずっと、大樹君のそばにいてちょうだい。そして、幸せになって」
これが、私たちがひそかに交わした約束だった。けっして引き返すことはできなかった。私は彼女の白い手をそっととり、握手を交わした。
翌日、体育の授業の後、教室に戻ると、私のカバンの中に何かが入っていた。よく見るとそれは総レースのブラジャーだった。ストラップの部分に、こんな手紙が括り付けてあった。
『あ●ずさんにプレゼント 今度デートするとき、それ着けていったら?』
またこれである。考えてみれば、一番の被害者である筈の元彼女は既に私を許しているのに、何も関係のない第三者が騒ぎ続けているというのは奇妙である。私を取り巻く人間関係は、ねじれにねじれてしまった。私はそれでもかまわない。
私は、黙って手紙とブラジャーをごみ箱に捨てた。もう心は傷つかなかった。
皆と仲良くしなさいと、小さいころ、私は大人たちから言われた。けれど思うのだ。皆と仲良くやることよりも、もっと大事なことがある。残念なことに世の中には、いくら言葉を尽くして喋っても、人の気持ちを理解できない人がいる。けれど言葉を尽くさなければ、彼らは心を砕く価値もない、ただの生き物なのだ。