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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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伏せ爺と僕

18/09/08 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 むねすけ 閲覧数:252

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 外では我慢している。黙るフリは上手くなった。
 家に帰る。靴を脱いで、揃えて、鞄を置くよりも早く、僕は喋り出す。帰り道で一人でも、癖を出さないのは母さんとの約束だ。僕はもう小学生じゃないから、約束は守れた。成長というのは嬉しいことばかりじゃない。要らなくなった踏み台の踏み心地を大好きだったこともある。
 僕の癖。独り言、と、人は言う。けど違う、僕のそれはカウンセリングの先生によって独語症という病名になった。独りで語る病。漢字一つずつ、ばらすと余計に病的に聞こえる。
「違うよ、母さん、これはね、ジャンケンじゃないんだから、チョキはいいんだ」
「タッくん、お帰りなさい」
「ただいま」
 僕は喋りながら、自室に直行する。制服を脱ぎながら、話の続きだ。
「グーパー、グーパー、これでいいんだ」幼稚園ぐらいの頃、図書館の螺旋階段を一段上って「グー」一段上って「パー」を繰り返した僕が、母さんに言いたかったこと。
「タッくん、チョキは?」
「ジャンケンじゃないんだよ、グーとパー、見えないけど靴の中の足も、見えてる手も、握って開いて、これをやると鼻がとおって、喘息が楽になるんだ。兄さんに教わったんだ」
 家族に迷惑をかけないように、声はウィスパー。適当に音楽をかけて、ベッドに座りながら、僕は話す。みんなはどうして、やらないんだろうな。思い、言葉、あぶく、泡、溜め過ぎたら蓋が飛ばない? シュワ、シュワ、あぁ、楽になってく。内側の声が放られていく。もう、忘れてもいいんだ。誰もいないけど、僕には聞いてくれる人がいたから。そっちが覚えていて。僕はこれで、忘れる。ね、母さん。
 僕の独り喋りは全部が返事、だった。誰かへの返事でないと、僕は何も喋ることができなかった。独語症? とんでもない。先生僕は独りじゃ何にも話せません。そう言いましたよね?
「いや、タクヤ君、君の頭の中だけのことを言ってはいけない。世界は、君の想像力に無理解なんだよ」
 いえ、先生。わかってくれなくてもいいんです。でも、僕は独りじゃ何にも話せません。
「タッくん」
 母さんがノックする。
「お婆ちゃんから、電話」
 あぁ、ケアハウスで何かあるんだ。日曜日のお昼。ハウスのレクリエーションで落語会、バルーンアート、手品のおじさん。何か楽しそうなのがあるとお婆ちゃんが誘ってくれる。
「うん、マンドリン演奏会? うん、行きます」 
 日曜日のマンドリン演奏会がお開きになって、一人のお爺さんを中心に人の輪ができた。誰だろう、ケアの人も、お爺ちゃんお婆ちゃんも楽しそうに。
「誰?」
「あぁ、伏せ爺さん」
「ん?」
「伏せってる爺さん、と、伏せ字で川柳を詠む爺さん、両方の意味で伏せ爺ですってよ。先月から入ってらしたの。今じゃ一番の人気者です」
「ふぅん」
「参加させてもらったら?」
「え?」
「毎週ね、伏せ爺さんの用意した正解よりも出来が良かった人は賞品もらえるのよ」
 賞品、という嬉しくなる言葉に踊って、僕は伏せ爺さんに挨拶をした。
「こんにちは」
「やぁ、お若いの、こんにちは」
 伏せ爺は伏せてなかった。元気で爛々とした目の輝きに僕は思った。この人とは友達になろう。

 伏せ字と、僕の癖は似ていたから、僕は伏せ爺と毎週会って話すようになる。
 言いたいけど、言わないでおく。黙ると、より、語りたくなる不思議。寄せる言葉。
「直すべきだと思いますか?」
 家族の返事は知ってた。から、僕は訊かない。伏せ爺には、訊く。
「若いうちには色んな病気になるもんさ」
 病気、という言葉を平気で使って笑った。前歯が一本抜けていたけど、僕は嬉しかった。
 伏せ字の××で一部が伏せられた川柳。達筆で書かれた短冊。部屋で眺めて伏せ字を埋めるために言葉を探したら、僕の口は動かずに止まった。
「凄く良くできてますね」 
「はは、年季年季」
 賞品でもらえた小さなロボットはボルトやネジでできている。チャームにしてくれって言われたけど、そのまま本棚の隅に飾った。
「タッくんのが一番いいわよ」
「そうよそうよ」
「甘やかすなよ、今回は俺のを越えてない、賞品該当者なーし」
 伏せ爺から、手紙が届いたのは、三個目のロボットを逃した四日後のことだった。
「松田久義?」
「タッくん宛てよ?」
 伏せ爺からだった。
 亡くなった当日、頼まれていたケアさんがポストに投函したんだって。
「死んじゃった」
 僕は手紙に伏せ字を期待したけど、何処にも×印は見当たらず。
 手紙に書かれた僕との思い出話し。
 僕は、時々泣きながら、いなくなってしまった伏せ爺と話しをした。返事を、永遠にし続けた。
 明け方、最後に、「ありがとうございました」
 そう言った。
 翌日から、僕はもう独りで誰かと話すことはなくなった。


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