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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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伏字ソフトの女

18/09/04 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:218

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 アダルト作家茂木伸の仕事部屋には、優秀な伏字ソフトがあった。
 伏字ソフトといっても、パソコン専用のソフトではない。彼の手書き原稿を、横でチェックしてワードでうちこむ、布施純子という助手のことだった。
 アダルト小説作家として、茂木伸の名はそれなりに売れていた。三年前、彼の手になる一作が、公序良俗をいちじるしく乱すと判断され、裁判沙汰にまでなって罰金刑をいいわたされたことがあった。おかしなもので彼の名声が一気にあがったのはそれからのことで、作品の依頼も飛躍的にふえた。しかし編集者も、まんがいちまた裁判沙汰にでもなっては大変と、そのためのチェック機関としてアシスタントをつけたのだった。
 中年の伸はバツイチで、もう女はこりごりだともらしていたこともあり、編集者は気をまわして、まず恋愛関係にはなりようがない容姿の女性をえらんでつれてきた。
 布施純子はみるからにもっさりして、その暗い表情は、みているこちらの気がめいってくるほどで、いくら女ぎらいとはいえこれではひどすぎると伸は、つれてきた編集者に文句をいいたかったが、いざ仕事にかかると、彼の書く淫乱かつ卑猥にみちた描写も、まるで麻薬をかぎつける警察犬さながら、たちどころにみつけだしては、どこにだしても誰にもケチをつけられる心配のない文面におきかえるのだった。
 布施純子の仕事ぶりはじっさい、献身的とまでいえるもので、いったん彼が書きはじめると、深夜になろうが朝をむかえようが、とにかく彼がペンを置くまでのあいだ、かたときも彼のそばをはなれることなく文章チェックをつづけるのだった。
 仕事の合間に伸は度々純子の視線を感じることがあった。ふと顔をあげると、こちらをじっとみつめている彼女と目があったことがなんどもあった。気がついたら、うしろのテーブルにコーヒーがいれてあったり、小腹がすいたときには、インスタントラーメンが湯気をたてていたりしたことがあった。
 彼女が自分に気があるのは、だいぶまえから伸は気づいていた。うがったみかたをすれば、彼が書くところの、結局いきつくところはおなじなのに、そこにたどりつくまでの男と女のあいだの手を変え品を変えの性描写の数々も、もしかしたら自分を想定して書いているのではと、おもいこんでいるふしさえうかがえた。彼からわたされた原稿を一読して、こちらをうかがいみる彼女の顔には、いつでもこの内容のとおりになりますわと書いてあるかのようだった。
 伸がからかい半分で、全編隠語だらけの作品を書いたのは、純子のそんな感情をいっそうたきつけてやろうとおもったからにほかならない。そこには彼自身の嗜虐的な性格があきらかにあらわれていた。彼の書く一連のアダルト小説も裏をかえせば、ふだんから抱いていながら自分ではそれに気づいていない女性にたいする偏見や恨みが後押ししていたのかもしれなかった。
 彼女はしかし、伸のそんな嫌味な行為にも、顔色ひとつかえることなく、これまで同様従順に仕事をこなしていた。彼がなにを、どう書こうがあくまでそれは紙の上の出来事なのだと、悟りでもひらいたようなその落ち着きぶりをみて、ますます高じる一方の彼の嗜虐性は、とうとうとんでもないことをおもいついたのだった。
 その日の夕刻、純子がひとりで原稿の整理をしているとき、三階から彼がスマホで呼びかけてきた。数時間まえに来客があり、その客と三階の私室にはいったまま、仕事場には顔をみせなかった彼だった。
「ちょっときてくれないか」
 三階のその部屋には、順子は一度もはいったことがなかったが、たいして気にもとめずにドアをあけた。そこを彼が寝室にしていることは純子もしっていた。
 敷居にたつと、窓の手前に部屋半分を占めているベッドが目にとびこんできた。ベッドの上には彼が、全裸の女を抱いて横たわっていた。純子がきたのがわかっているはずなのに、彼は女からはなれることもなく、それどころかまさに彼の小説さながら、おもわず目を覆いたくなるような伏字ぬきでは到底発表不可能な光景を、これみよがしにみせつけるのだった。

 茂木伸と知人の女性が自室のベッドで睡眠薬の大量摂取で死んでいるのが発見されたのはその翌日のことだった。発見者は彼の助手の布施純子だった。どちらも着衣にみだれひとつなく、きちんとベッドに横たわる二人の姿は整然として、そこにはある種の気品さえ感じられた。
 彼が創作上の悩みを抱えていたこと、自分が訂正しないではとても公表できないような小説しか書けないことで行き詰っていたことなどを、純子は警察の参考人聴取でこたえていた。
「だけどその最期は、尊厳ささえ感じさせる見事な死にざまでしたわ」
 まるで純子のチェックがはいった原稿のようだったとは、取り調べにあたった警察官もさすがにそこまではおもいいたらなかったようだ。
 


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このストーリーに関するコメント

18/09/16 hayakawa

高い技術力だと思います。

18/09/16 W・アーム・スープレックス

ありがとうございます。

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