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雪見文鳥さん

性別 女性
将来の夢
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塗りつぶされた手紙

18/08/26 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 雪見文鳥 閲覧数:204

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 その便箋の名前は、トイといいました。すずらんの花がプリントされた、綺麗な便箋でした。トイの将来の夢は、だれがだれに宛てた手紙でも良いから、まごころを込めて書かれた手紙になることでした。転校してしまった友達への手紙、母親が遠く離れた息子へ送る手紙、大好きな人に宛てた手紙。そんな美しい手紙に。
 トイの持ち主は、高校生の花乃子さんです。息が凍ってしまいそうな寒い夜、書店のレジ近くで、花乃子さんはトイを見つけたのです。トイは、ひと目見た瞬間に、この花乃子さんのことを大好きになりました。なぜ好きになったかというと、花乃子さんは透き通って綺麗な目をしていたからです。この人ならば、トイが求めるような、まごころを込めた手紙を書いてくれると思ったのです。
 さて、不思議なもので、物というのは、その持ち主の気持ちが分かってしまうものなのです。トイは次第に、なぜ花乃子さんがトイを買ったか分かるようになりました。花乃子さんには好きな人がいて、その好きなひとへ告白する手紙を、トイに書こうとしているのです。
 そしてついに、その日はやってきました。花乃子さんは、決心した顔でトイを取り出し、大好きな先輩への告白の文章を綴り始めました。トイは、とても誇らしい気持ちでした。まるで砂糖菓子みたいに甘いのにコーヒーみたいにほろ苦い、彼女の微妙で繊細な気持ちの代弁者になれることが嬉しかったのです。けれど手紙が佳境に差しかかったとき、花乃子さんはなにやら思いつめたような顔をトイに向けました。そして、トイに書かれた美しい言葉たちを、すべて黒い丸で塗りつぶしてしまいました。

●●●●●●、●●●●●●。
●●●、●●●●●●●●●●●●。
●●●●●。

 もはや何を書いたのか、さっぱりわかりません。
 花乃子さんはトイをぐしゃぐしゃに丸め、ごみ箱に捨ててしまいました。

 さて、トイはごみ箱の中で、花乃子さんのことをずっと考えていました。気持ちを伝えれば、うまくいくかもしれないのに。勇気を出して、伝えてみれば良いのに。トイは歯がゆい思いでした。
 こうなったら、花乃子さんが片思いしている、その先輩へ会いに行こう。トイは決心しました。
 その瞬間、トイのからだから二本の足が生えたのです。トイは、自力でごみ箱を抜け出し、窓をすり抜け、夜の街へと飛び出しました。こうしてトイの大冒険が始まったのです。
 人気のない夜の街。寒い風がひゅうひゅうと吹く夜の街を、トイはえっちらおっちら歩きました。寒さもさびしさもへっちゃらでした。どうしても果たさなければならない仕事があったからです。
 そのうちトイは、びりびりに破かれた手紙と、線で塗りつぶされた手紙に出会いました。手紙仲間に会えたのがうれしく、トイはしばらく手紙たちと会話しました。
「僕の持ち主は、昔ある女の人と付き合ってたんだ。でも女の人に振られてしまって、僕の持ち主はその人と復縁したくて手紙を書いたんだけど、うまく書けなくて僕の事びりびりに破いちゃったってわけ」
と、びりびりに破かれた手紙は言いました。
「僕の持ち主は、喧嘩しちゃった友達に、仲直りの手紙を書いたんだ。でも、伝えたいことがまとまらず、僕の中身を線で全部塗りつぶし、でもごみ箱に捨てるにも捨てられず、僕を机の引きだしにしまいこんだんだ」
と、線で塗りつぶされた手紙は言いました。
 みんな大変な思いをしているんだなあ、とトイは思いました。トイは、手紙の持ち主たちの幸せを祈りつつ、手紙たちと別れました。
 夜も更けて、暗かった街はますます暗くなっていきました。街灯も消され、きらきらとまたたくお星さまだけが、トイの旅路を照らしていました。けれどトイは寂しくありませんでした。私たちが見守っている、君はひとりじゃないよって、あの星もこの星も、トイに語りかけている気がしたのです。
 やがてトイは、視線の先に、やさしく光る明かりを見つけました。それは、人間の家の明かりでした。――あぁ、花乃子さんの好きな人の家に着いたのだと、トイは直感しました。
 その男の人は、トイのことを、あたたかく家に迎え入れてくれました。トイは今まであったことをすべて説明しました。男の人は、なぜか嬉しそうな顔をしました。
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
 男の人は答えました。
「だって、こんなに手紙をぐしゃぐしゃにしてしまうほど、僕のことを考えてくれていたなんて、うれしいじゃん」
 その瞬間、トイは叫びだしたいほど嬉しい気持ちになりました。
 男の人は花乃子さんの家に行き、自分も花乃子さんが好きだと言いました。花乃子さんは、今日も可愛らしいレースの服を着て、男の人のとなりで微笑んでいます。そしてトイは、男の人の机の引き出しの中に、今でも大切にしまわれています。


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