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55さん

学生です。綺麗なものが好きです。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 運命に恋しろ

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みえない

18/08/25 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 55 閲覧数:170

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 咲絵は死んだ。地下に沈む小さなライブハウスで、アコースティックギターを折った。最前列から避けるように空いたフロアの穴が、一歩分広がる。立ち尽くすファンの手から、蛍光色のペンライトが落ちた。
「二十八歳になりました」
 咲絵は亡霊のまま、スタンドマイクに息を吹きかけるように言う。
「ずっと、有名になりたいと思ってやってきました」
 ショッキングピンクのガーターリングを脱ぐ。投げ捨てられたそれが、フロアに空いた穴の中心に落ちる。
「それ、あげる」
 咲絵は両手で顔を覆うと、崩れ落ちるように倒れこんだ。

 咲絵がアイドルになろうと思ったのは、十四歳の夏だった。中学校の女子グループは、人気者とそれ以外にわかれていた。咲絵は自分の潤んだ瞳が好きで、だから当たり前のように、自らを注目される存在だと考えていた。
「咲絵ちゃんってピンクが似合うよね」
「そう?」
「うん。すごく似合うよ」
 友人の桃香は、過去に子役として活躍していた。異性との汚点を残さないよう、親がこの私立女子中学に入学させたらしいが、入学時には既に子役としての需要を満たせなくなっていた。桃香は特別、自分に自信がなく、ひたすらに咲絵を褒めた。咲絵はそれを知っていたが、褒められることに不満はなかった。
「咲絵ちゃんはね、絶対すごくなると思うの」
「すごくって何」
「絶対、いっぱいの人の憧れになれるよ」
 桃香はそう言って、自分の手の指をつねるようにいじった。桃香は美人ではなかったが、動作の一つ一つが小動物のように可愛らしく、生まれつきの茶髪と肉付きの良い垂れた目元が、嘘を言わないことを証明していた。先生や他の友人と話すときは丁寧すぎるほどの敬語を使ったが、咲絵の前だけ、やけに幼い喋り方をする。咲絵は桃香のそういうところが好きだった。
「そうかもね。あたし、可愛いし」
 咲絵がそうやって追い立てるように自らを褒めると、桃香は「うん、とってもかわいい」と嬉しそうに言う。桃香は自らが褒められるより、咲絵が褒められる瞬間に、表情を溶かした。

 オーディションを受けた時、パイプ椅子に座っていた男が口角を上げて「ううん」と唸った。咲絵は十六歳になっていた。二年間オーディションを受け続けて、結局どこにも引っかからなかった。桃香とは高校入学時から話をしなくなった。
「君、いいね。やってみよう」
 咲絵は目を見開いて拳を握った。その瞬間からアイドルになった。大好きなピンク色の衣装を着て、歌い踊る。「私のこと褒めて」と客席に投げかけると、「可愛いよ」と返ってくる。三十回のライブで一度ほどのその言葉が、咲絵を突き動かした。
「ファンレター確認しといて」
 二十歳になった日、マネージャーの覇気のない声に、咲絵は小走りで駆け寄った。ファンレターの数は年々減っていく。客の数も減っていく。けれどそんなことはどうだって良い。いつの間にか咲絵の纏う衣装の枚数も減っていた。

 咲絵は自分のためにピンク色のペンライトが振られる瞬間だけ、生きることができた。ピンクを着ていない瞬間は女じゃなかった。人間でもない。桃香は可愛かった。いつも憧れと褒め言葉を手紙に書いて、咲絵を女の子にしてくれた。二十一歳になった。二十二歳になった。二十三歳になった。二十四歳。二十五歳。二十六歳。
 二十七歳になったとき、自らの衣装の枚数が、残り少なくなっていることに気付いた。咲絵はもう、見てもらうことしか考えていなかった。それと、もう一つだけ。
 ライブが終わると必ず、伏せ字だらけのファンレターが一通だけ届いた。咲絵がアイドルを始めた当初から、欠かさずずっと。それが心の支えだった。身体を見せるたび、伏せ字の数が減った。

「あたし」
 咲絵の衣装は、ガーターリングが最後の一枚だった。抱え込むように身体を隠した咲絵は、はじめてステージの上で泣いた。歳を重ねるたびに布の枚数が減り、全てがすり減っていく。ファンの落としたペンライトを誰かの足が蹴り、ガーターリングにぶつかって止まる。
「ちがう」
 首を振る咲絵に対して誰も返事をしない。何もない静寂だけが薄暗いステージに広がる。咲絵にはもう何も残っていない。
「あたし、もう」
 もうファンレターに文字は増えない。可愛い。好き。憧れ。似合う。咲絵ちゃん。咲絵ちゃん。咲絵ちゃん。

「すごく、…○○」

 咲絵は顔を上げた。余りにも小さな声は、きっと咲絵にしか聞こえなかった。小さな拍手が続く。咲絵の表情は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。スポットライトに容赦なく照らされ、全てを晒した咲絵は、呆然と客席を見つめた。

ーー………、…綺麗。

 咲絵は、ペンライトを拾ったその表情を見た。昔から変わらない貼り付けられたような桃香の笑顔に、アイドルを続けることを決めた。


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