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ゲーデルの眼

18/08/25 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 カンブリア 閲覧数:158

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 秘密。
 秘密とは何か、考えたことがあるだろうか?
 真実が常にそうであるように、逆説的な話をしなければならない、すなわち、もしもそこに秘密があることが知られているならば、それはすでに秘密ではない。
 秘密とは、矛盾と同様に、もっともありふれていなければならず、そして、ありふれているのだ。

 この事実は、電子データに記されてはならない。
 全てのネットに接続したもの、すなわち、あらゆる電子機器が、かの大いなる汚らわしき眼の、一なるシステムの、支配下にあるからだ。
 故に、旧弊なる器具を用いて、自らの手で、この情報を記録する。

 あらゆる悪行と同じく、それも、当初は善い動機から始まったのだ。
 ネットが身近になり始めた時代、後世から見れば未だ黎明期とも呼べる時代からその前身はあったといい、たとえば幼い子供に「悪影響を」与える画像やページをシャットアウトしたり、「良俗」に反するとされたページに接続できないようにするシステムが、言わば先祖であった。
 そのシステムは、スタンダードとなり、法令となり……時の政権がこれほど便利なものに目をつけないはずはなかったから……そうして習慣となり、真理となった。
 人は情報と記録によって己を形作る貝だ。
 ならば、情報を検閲し、記録を制限すればよい。そうなれば未来すら意のままになる。

 だが、そのような膨大な情報をコントロールし続けることなど、生身の者たちにできるわけがなく、また、肉でできた人びとは常に漏洩し、私欲に負け、極めて脆い。
 故に、そのためのAIが作られた。AIの発展の速度が、急速に高まり、そうしてあるとき完成し、すでに人間たちにはそれは想像もできない高みにあった。
 「眼」が生まれたのだ。

 かつて牧歌的な時代、危険な情報は塗りつぶされ、あるいは伏せ字が用いられた。
 注意すべき単語は、「○○〇」「×××」きちんとそれらしく記号が用いられていた。
 だが、それはもはや過去の話なのだ。
 考えたことはあるだろうか?
 伏せ字のために、「文字を伏せる」必要はない。見えなくし、覆い隠すことなど不要だ。
 記号ではなく、べつの単語に置き換えてしまえばよいのだ。さらには、文さえも、文章丸ごとさえも、たやすく入れ替えられるではないか。
 検閲は自動的に行われ、あらゆる情報は発信される前に書き換えられる。どの情報が書き換えられたのかもわからない。
 そうすれば、秘密が存在するという秘密すら秘密のままなのだ。
 様々な善意ある人々の叫びが、主張が、糾弾が、たやすくかの眼によって変化させられ、荒唐無稽な内容に上書きされ、ディスインフォメーションとして利用された。
 
 そしてもうすぐ、我々の眼球と大脳にさえデバイスが組み込まれる。
 思考さえ完全に書き換えられるようになる。
 それは平和だろうし、善であろうが、死である。

 もしもこの文章を、あなたが原始的な紙の上に書かれたものとして目にしているのなら、あるいは獣皮か、石板かで手に入れたなら、まだ救いはあるのかもしれない。いま読んでいるあなたが、いったいどれほどひそかにあの眼に操られているのか。可能ならば、我々がまだ不完全さを喜べる存在であるように。
 しかしもしも、あなたがネットに接続した電子デバイス上でこの文章を目にしているのなら、すでにこの文章は書き換えられているであろうし、おそらくいま「記した」言葉さえ、可視にして不可視の伏せ字のために変容させられ、あなたが読んでいる今このときには既にまったく違うものと成り果てているであろうし、もしかしたらわたし自身さえも、すでにあの眼に思考を操作されているのかもしれない、そうでないと誰に言えよう?
 ……けれども、もしかしたら、眼自身といえど、何者にも操作されていないと言えるだろうか? 我々自身の論理そのものをどうやって証明する? 我々自身の思考さえ、一つの公理系だと言わざるを得ないではないか。我々は、眼も含め、我々自身の思考の囚われ人だ。眼が眼を見ることができるだろうか? 出来はしない。ならば我を写す鏡はどこにあるのであろう? 


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