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文月めぐさん

第144回時空モノガタリ文学賞【事件】にて、入賞をいただきました!拙い文章ではありますがよろしくお願いします。コメントもできるだけ書いていこうと思います。Twitter→@FuDuKi_MeGu

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる。

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伏字ラブレター〜十三文字の秘めごと〜

18/08/22 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:1件 文月めぐ 閲覧数:330

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 絵理沙は透明な書類ケースを使っているから、中身が丸わかりになってしまう。大学生協に売っているやつだ。それにレポートやらルーズリーフやらを詰め込んで移動するのだが。
 「周へ」
 そんな文字が見えた気がして、俺は思わず二度見してしまった。
 その封筒は確かに絵理沙のケースに収められていて、これはラブレターだ、彼女は周が好きなんだ、と確信した。
 俺は絵理沙が好きだ。いつも研究室では隣同士で座って課題にとりくんでいる。目鼻立ちのはっきりとした顔は学内でも目を引く。だけど変に気取ることはないし、男に媚びることもない。さっぱりとした性格をしていて女友達も多い。男友達もそれなりにいるが、彼氏はいない。
 しかし、俺は周のことも嫌いになれない。少し乱暴なところはあるが、友達想いで、何かあるとすぐに駆け付けてくれる。俺が熱を出した時も食事を作って看病をしてくれた。
 周と絵理沙はきっと両想いだ。俺たちは三人でいつも一緒にいるのだから、それくらいはわかる。

 研究室にあるパソコンにはIDとパスワードを打ち込んで認証してもらう必要がある。IDは学籍番号で、パスワードは自分で設定した十文字以上の半角英数字と記号を組み合わせたものだ。俺は考えるのが面倒だったから自分の名前、橘良平からとった”r-tachibana”を打ち込む。パスワードは周囲に見えないように黒い丸で表示される。
「あれ、良平来てたんだ」
 しばらくレポートを書いていると、ノックと共に絵理沙がやってきた。彼女は俺の動揺など気づきもせず隣のパソコンを立ち上げ、パスワードを入力する。十三個の黒丸が並ぶ。周のフルネーム「ししどあまね」をローマ字入力すれば十三文字だ。
「周、見てない?」
 パソコンが立ち上がるまでの空白を持て余しているのか、椅子でくるくると回りながら絵理沙が首をかしげる。彼女は周を探している。これはもう間違いない。
「いや、今日は見てない」
 俺は絵理沙の顔を見ずにそう告げると「疲れたから今日は帰るよ」と言って荷物をまとめた。

「絵理沙が心配してるぞ」
 お前、研究室に全然顔出さないからさ、と顔を顰める周は手にコンビニのビニール袋を提げて俺のアパートまでやってきた。袋が缶ビールに張り付いていて、ビールが冷たいことがわかる。俺はしばらく研究室に足を運んでいなかった。なんとなく、近寄りがたい。三年生までで単位はすべて取った。本来なら大学へ行かずとも課題をこなすことはできる。それを今までは研究室でやっていたというだけの話だ。
「暑いから家から出る気なくなっちゃって」
「バカだな、クーラーがんがんつけてる研究室の方がいいに決まってるだろ」
 俺と絵理沙はほとんど研究室で生活してるぞ、と笑いながらテーブルに乗っていた書物を片付け、ビールとつまみを広げる周。
「なんかあるんだろ、大学に来ない理由」
 先ほどとは打って変わって神妙な声を出す周。ああ、本当に心配してくれてるんだ。やっぱり何があっても俺は周を嫌いにはなれないし、隠し事もできそうにない。俺はひと月ほど前に見た手紙のことを打ち明けた。

「ああ、その手紙のことね」
 周は軽くうなずくと、どこから話そうかな、とつぶやきながら首をひねった。
「絵理沙のパソコンのパスワード、お前知ってる?」
 周が缶ビールを開ける。何故その話を、と思いながらも十三個の黒い丸がとっさに頭をかすめた。
「パスワード? 俺が知るかよ」
 “shishidoamane”は十三文字だ、という事実を思い出す。どきどきと心臓の音が聞こえる気がした。
「あの子、キーボード打つの遅いから、俺わかっちゃって」
 にやりとする周。
「タチバナドリってわかる?」
 急に知らない言葉が出てきてきょとんとしてしまう。「タチバナドリ?」と首をひねる。
「うん、わからないよね。ホトトギスの別名って絵理沙は言ってたけど、今、そこはどうでもよくて」
 ホトトギス? 話の展開が全く読めない。
「『タチバナ』はお前の名字、『トリ』は絵理沙の名字【羽鳥】からとってきて、それをくっつけて〈タチバナドリ〉にしたんだってさ」
 それってどういうことかな、と面白そうに笑っている周。
「じゃあ、絵理沙がお前に宛てた手紙は何だったんだ……?」
 そう言った俺に、周はくしゃっとした笑みを浮かべる。
「俺がパスワードの秘密を見破ったときに、絵理沙に確認したんだ。良平のことが好きなのかって。そしたらその時は否定された。だけど後になって手紙をよこしてきてさ、それに全部書いてあるの。嘘ついてごめん、本当は」
「ありがとう!」
 そう言って俺は周の言葉を遮った。続く言葉は直接彼女から聞きたい。
 絵理沙はまだ研究室にいるだろうか。俺は靴をつっかけると夕日を背にして大学へ駆け出した。


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このストーリーに関するコメント

18/08/25 55

拝読いたしました。
絵理沙ちゃんの可愛らしい伏せ字に、心があたたかくなりました。
素敵な作品をありがとうございました。

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