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篠五野 ユウさん

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「バケツ人間はBarに集う」

18/08/21 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:0件 篠五野 ユウ 閲覧数:148

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 そのかぶり物を作るのは簡単だ。指定された百円ショップで、頭がすっぽりと入るプラスチック製のバケツを購入し、半田ごてで、お面のように自分の目の位置に見通し穴を空ける。そしてヤスリで尖った部分を削る。それだけだ。

「初めてで驚いたでしょう?」
 ここのバーのマダムがカウンター席に座っている私に話しかけてきてくれた。
「ええ。ドアを開けたらバケツを被った人達が十数名いて、開始時刻になったら皆で一斉に箸を使って自ら被ったバケツを叩き出したのですから」
「あの儀式は一種の自己暗示なの。これから楽しいことを始めるぞ、ていう。けれど叩いているうちに本当に楽しくなってくる。貴方も子供の頃、食器を箸で叩いて楽器みたいにして叱られた経験があるでしょう?」
「ええ、私はよくその事で母に叱られました。しかし彼らは何故バケツを被るのでしょう?」
「彼らは疲れたのよ。現実で顔を晒して、建前を語る事に。ネットで顔を隠して本音を語る事に。本音で語りたいけれど、人と話している実感は欲しい。だからバケツを被るの。一種の現代病ね」
 ちなみにマダムはバケツを被っていない。
「あんた、ここのバーは初めてだろ?少し私の話を聞いてくれないか!」
「俺の自慢話も聞いて下さい」
「私も貴方とお話ししたいです」
 マダムと話しているとバケツを被った者達が私に話しかけてくる。私も取材のためにここに来たのだ。向こうから話しかけてくるのは好都合。私は彼らと出会うまで単なるカルト宗教かキ○○イの類いだと思っていた。しかし、実際に会ってみると彼らは陽気で人懐っこい常識人で、どちらかといえば無宗教。予想していた排他的または攻撃的な性格とは大違いだ。
 取材を進めるうちに少しずつ分かったことがある。彼らは学生から経営者までという幅広い集まりであった。確かに服装は全身ジャージの者も居れば高級腕時計をつけたスーツ姿の者まで居る。声質もバケツで隠っていて分かりづらいが老若男女だ。共通点がなさそうな彼らだが二つだけ存在した。一つ目は幼少期から勉強漬けであった事。親との繋がりが勉強しかなく愛情をしっかりと受けていない者達が多い。二つ目は自己肯定感が一般人よりも著しく低い事。特に今の自分に対して肯定感が絶無だ。
「彼らは心に穴を抱えているの。それを埋めている言葉は、自己肯定の言葉ではないわ。その言葉を伏字にするために、ここに来てバケツを被るの」
 成る程。無職から経営者まで幅が広いのも頷ける。これからの将来に対する不安を忘れるためにここに集まるのだろう。
「少し違うわ。それは親から植え付けられた負の言葉。皮肉な事よ。子供の頃は大人になるよう求められた子供達が、大人になったら子供の頃を求めるようになる。ごっこ遊びで失った過去を求めてね。でも、悲しいことに、大人は子供には戻れない」
「マダムも子供の頃に戻りたいと思うときが?」
「いいえ。私は私よ。子供だろうが大人だろうが、顔を隠そうと晒そうと、何も変わらない。ありのままの自分を受け入れるしかないのよ。それでしか、伏字にしたい言葉は変えられない」
 バケツを被った人達は朝まで、このバーで語り飲み明かした。しかし、朝が訪れ、バケツを外すと彼らはまるで、この世の終わりの様な顔付きになっていた。先ほどまでの陽気で人懐っこい性格が嘘であったかのように。
「彼らの話していた内容を思い出して。自慢話が多かったと思わない?」
 思い返せば確かに自慢話が多かったと思わなくもない。
「自分が世の中で一番不幸だと勘違いして出て行くの。悲しい事よ」
 一見おふざけの様なこの集まり。しかし、バケツを被り、箸で叩くと人が陽気になるという点を私は忘れてはいなかった。
 私はその事実を心理療法として悲観的な者の多い、この世の中に広めようと思っている。きっとすぐに流行り、街中で見かけるだろう。何故って、人々は年々コスプレ文化に寛大になってきているし、地位のある者が絶賛すると自分の意思に関係なく長いものに巻かれたがる呆れた国民性。若者の間ではマスク依存やSNS疲れが問題視されている。それに情報社会である現代、幸せのハードルが高まってきている。それによる不幸意識の拡大。他人より幸福であるために必要以上に消費されるお金。それによって引き起こされる貧富の格差。娯楽を我慢するストレス。人々は皆、できるだけ高額な消費をしたくないものだ。それでいて、確実に幸せになれるモノ。非日常的であるモノ。SNS映えするモノ。匿名性を保ちながら自己主張できるモノ。
 私の経営している百円ショップは、それらのニーズに応えてきた。今や大手企業として名を知らぬ者はいないだろう。我が社のバケツの色の種類は豊富で、箸、ヤスリもある。半田ごては明日追加予定。なら、まだまだ儲かる。何故って、そのかぶり物を作るのは簡単だ。


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