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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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溺れる心と身体とチョコレート

13/01/14 コンテスト(テーマ):第二十三回 時空モノガタリ文学賞【 バレンタインデー 】 コメント:6件 クナリ 閲覧数:3155

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高校二年生で迎えた二月十三日の、夜九時を回る頃。
ケーキ屋でアルバイトをしている同級生の女子からその店へ呼び出され、先輩のユイさんが酔い潰れたので送ってあげて欲しいと言われ、俺は往生した。
店のサバランを味見して昏倒した、俺達より二つ年上のユイさんは、俺の片思いの相手だった。先日のクリスマスには告白じみたこともしたけれど、結局それ以上踏み込めず、ユイさんとは親しい友達程度の関係だった。

彼氏でもないのにと渋ったが、結局は引き受けた。
ユイさんからそれなりに好意を持たれてはいるつもりだったせいもある。
タクシーへの乗降で彼女を抱いて運び、睫毛を間近で見て、髪の香を嗅ぐと、少し体が熱くなった。
ユイさんが一人暮ししている部屋に着いても、彼女は起きない。心中で詫び、バッグから鍵を取り出し、中へ入る。勝手を承知で、ベッドへ寝かせた。ただ、それが許される程度の親しさはあるつもりではいた。
(……それでも、なんか悪い気がするな)
目の前には、無防備な寝顔のユイさんがいる。
動悸が早まり、様々な欲望が芽吹きかけ、眩暈がした。
自制を失う前に帰ろうとした時、ユイさんが目を閉じたまま、ぼうっと呟いた。

「……さん」

男の名前だ。愛しさと寂しさを含んだ響き。名字ではなく、下の名前だった。
当然俺のものではない。心に、ざわりと波が立つ。
「あの」
「え?カケイ君?」
ユイさんがぱっと起き上る。俺は事情を説明し、勝手を謝った。
同時に、胸中では強烈な感情が渦を巻いていた。

誰だよ。
酔った夢の中で、誰のことを考えてたんだ。

夜に密室で二人という特異さが、一層俺の平常心を奪っていく。嫉妬と苛立ちで息が荒れた。
「有難う、変なとこ見せちゃったね」
あせあせと言い、その手がスカートを直す。俺は、男として意識されていた。
感情の起伏に自失し、混乱と昂りのまま、俺は彼女の手首を掴み、極力冷静に言った。
「俺は、あなたが欲しいです。今そうしたら、俺のこと、嫌いになりますか」
嫌われたっていい。一番好きな人をこの手に抱く機会なんて、何度あるんだ。
それが叶うなら、例え一度限りだって――……
「嫌いになんてならないよ。でも、好きになることも無くなると思う」
目が合う。彼女は怯えていた。
冷静さが一気に戻った。俺は、人の部屋に勝手に上がって何を言っている。
今抱くことを許されても、それは、夜道で人を刃物で脅して抵抗するなと言い、頷いた相手に乱暴するのと変わらないんじゃないのか。人の気持ちになど構わずに。
ユイさんの唇が動く。
「ごめんね……」
何に謝ったのかは解らない。けど、その瞳の震え方で何となく気付いた。この人は、こういう気持ちの不理解で酷く傷ついたことがあるんだ。体の都合で、心を顧みられないことに恐怖している。
それでも俺を見る彼女の目には、誠意がはっきりとあった。
冷たく拒絶もせず、投げやりに許すのでもなく、遊びで体を重ねるのでもなく、彼女なりの意志をまっすぐに伝えてくれている。
こんな、俺に。
この人を抱きしめたい。でもそれは、今じゃない。頭の熱は、霧散した。
代わりに、今すぐ消滅してしまいたい程の羞恥心と罪悪感。
「ごめん、ユイさん。俺……」
頭が回らず、思い浮かんだ言葉を告げた。
「……我慢します」
ユイさんがきょとんとして、それから少し肩を震わせた。噴出すのを堪えたのだ。
俺は一体どんな顔をしていたんだろう。
「か、帰ります」
ドアへ向かう俺に、彼女の声が掛けられる。
「明日、お店においでよ。バレンタインフェアやってるから」
彼女の気遣いが伝わる。俺はこんな暖かいものを踏み潰してしまう処だった。
「ユイさん、誰かにチョコレートあげるんですか」
「義理もあるしね。ハート形をあげる人も、一人くらいはいるかな」
朗らかな声にほっとしたが、内容は穏やかではなかった。しかしそのハートも義理なんですか、とはとても今は聞けない。
逃げる様にして、俺は部屋を出た。
一方的に欲望を向けたことを許されたのだと安堵しながら、ただ同時に、見知らぬ男の存在に胸の奥を貫かれたまま。それが誰なのかを知ったのは、もっと後のことだった。

翌日俺は恐縮しながら、彼女の店でユイさんが奢ってくれたホットショコラを舐めていた。
マグを貰う時、ユイさんに「昨夜はごめんね」と言われた。部屋まで送ったことか、俺に『がまん』させたことかは解らなかったが、何にせよ彼女の顔はまともに見られなかった。
残り僅かになった褐色を一息に口に入れると、歯に、直径2〜3mm程の小さな固体がこつりと当たった。溶け損ねたチョコレートかな、と思った。
丸っこくて、微妙な尖りと凹みがあったが、すぐに飲み込んでしまったので、その形は明確には解らなかった。
ユイさんが悪戯っぽい笑顔で、そんな俺を見ていた。


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このストーリーに関するコメント

13/01/14 そらの珊瑚

クナリさん、拝読しました。

思いがけず続編が読めて嬉しかったです。
まっすぐなゆえに、先走ってしまう男の子の恋心がなんともかわいいな〜と思いました。
サバランは個人的な思い出があるケーキなので、存じ上げてはいますが、一般的にはあまりポピュラーではないような気がします。
知らない読者は「なぜ、昏倒?」と思うかも。
洋酒になみなみと浸してあるという記述がれば、よりわかりやすかったと、おせっかいながら思いました。

13/01/14 草愛やし美

クナリさん、拝読しました。

ホットショコラの味がこちらまで伝わってくるようなホワっとあったかくなるお話ですね。ユイさんって素敵な方なのでしょう、あれやこれや想像しています。

13/01/15 こぐまじゅんこ

クナリさま。

拝読しました。
最後の結び方が、とてもよかったです。
恋していた頃を、なつかしく思い出しました。

13/01/15 泡沫恋歌

クナリさん、拝読しました。

続編をお書きに成ったのですね。
今回のお話も楽しんで読ませて頂きました。

昔、ケーキ屋で働いていたことがあります。
サバランって洋酒の中にスポンジが浸かっている、
かなりアルコールが強いケーキだと記憶してます。

13/01/16 メラ

 とても良い作品でした。笑いあり、ちょっと胸が痛くなるお話で、じんわりと染み入ります。

13/01/16 クナリ

…なんだかコメント欄が豪華なッ。

そらの珊瑚さん>
続編と気づいていただけるとは、うれしいです。
前の投稿などは、自分以外のだれも覚えてないだろうからと、気楽に今回の話を書いただけによけいです。
サバランの説明については、確かにおっしゃるとおりでした。
主人公がそれなりの事情があって意識のない想い人の家に上がり、嫉妬から暴走しかけ、落ち着いて、自分のしたことを振り返りつつ波風立てずに部屋を出て、後日談で終わる……というのをどう2000字に収めればいいんだー、とうなっている間中、サバランの説明をせな、という発想が一回も頭に浮かびませんでした。
どないやねん(^^;)。

草藍さん>
ありがとうございます。
ちょっといろいろ考えだしまして、ユイの過去の話なんかを今後書こうとかしており。
それによって共感していただけるような彼女の人間性であればいいな、と思っています。

こぐまじゅんこさん>
人間関係で数限りない過ちを犯していくわれわれですが、自分が過ちを犯した後にそれでも向けてくれる行為や温かさというものが、無用のトラウマや人格のゆがみを取り去ってくれるのでしょう(おおげさなー)。
そんな思いを込めての結び方でしたので、気に入っていただけてうれしいです。
ありがとうございます。

泡沫恋歌さん>
そうなのです、続編なのです。気づいてくださってありがとうございます。
本格的なお店だと、洋酒にじゃっぶじゃぶに浸ってたりしますね<サバラン
これ風味どころじゃないじゃないですか、角砂糖にジンしみこませてかじってる山岳地方の方々のおやつと変わらないじゃないですか、ていうかお酒飲んでるのと変わらないじゃないですかみたいな。
ドライバーの方は、運転の前は食べてはいけないお菓子ですね〜。

メラさん>
胸が痛くなってくださってありがとうございます。
変なことを言っていると思われるかもしれませんが、自分が乙一とか島崎理生とか村山由佳とかの小説を読んで「こ、心が痛いッ!もう耐えられない、読みたくないッ、で、でももっと!」となってしまう胸の痛み大好き人間なので、ちょっとでも胸が痛くなっていただけるのはうれしいのです。



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