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時雨薫さん

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将来の夢
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幽霊色の秋

18/08/20 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:0件 時雨薫 閲覧数:671

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 台本を忘れちゃったから持ってきてくれないか?福永の携帯に宛てて金田がそう連絡をよこした。福永がいつも放課後しばらくは教室に残っていることを知っていたのだろう。
 自主映画の台本だなんてどんなに真面目に書いてもいくらか恥ずかしそうなものを託せるほど信頼されているのだと思うと、福永は嬉しかった。
 その台本は金田のロッカーの中にあった。くたびれた紙製のファイルに20枚かそこらのルーズリーフが綴じられている。『水草』という題が金田のだらしなく角を丸めた字で書かれていた。
 登場人物から金田お得意の群像劇だと知れた。もし読み進めれば金田の信頼を裏切ることになりそうだから好奇心を押し殺した。
 部室棟の前に人が集まっていた。背の高い男子生徒がシャツの袖をまくりカメラをいじっている。
 金田! 福永に声をかけられてその生徒は顔を上げた。眼鏡の奥で細い目が動く。印象の重心がどこにあるのかわからない顔だ。金田は『水草』の台本を受け取り、部室棟の階段を見やった。
「そこで見てなよ」
 一年の女子生徒が一応のヒロインであるらしかった。右手に持った枝を前後に振りながら、平坦な調子で言う。

ユーレイ ユーレイ
君は何処
ユーレイ ユーレイ
空の上

ユーレイ ユーレイ
君は何処
ユーレイ ユーレイ
海の底

ユーレイ ユーレイ
君は誰

 その女子生徒はカメラをじっと見つめている。カメラを構えているのは金田だ。
 金田の眼差しは真剣だ。女優の動作を一つとて見逃すまいとしている。女優もそれに応える。
 福永はその様子をほれぼれと見つめていた。金田と女優とは心の奥底から通じ合っているのだろう。二人の間では何もかも固まってしまっていて、例えば福永が今それを揺り動かそうとしても、何の手応えもない。

 風が吹いている。乾いていると匂いから知れた。夏はもうとうに過ぎ去り、淋しさの季節がやって来ようとしている。
 屋上の柵にひじをかけ、福永はずっと遠くを見つめていた。くすんだ色の屋根がつづいている。肌寒さと裏腹に福永の心はほのかに熱を帯びていた。
 この感情が何なのかという問題に福永は答えを出したくなかった。
 金田はいつも貴族的な余裕に満ちていて、友情に厚い。頭もきれる。この評価を改めようとは思えない。金田はあいも変わらずいいやつだ。
 福永のスカーフが風を受けてはためく。うざったいので外してポケットに入れた。
 何故? 私はそんなに狭量な人物だったのか?
 引き戸を開ける音に気づいて振り向くと、金田がいた。紙パックに入ったカフェオレを二つ持っている。
「さっきはどうもね。あの子、いい演技するでしょ。我が部の期待の星だよ」
 金田は朗々と言う。
「春の映画には福永も出なよ。主演女優ってほどの役は与えられないけどさ」
「ねえ、」
 福永は立ち去ろうとする金田を呼び止めた。
「どうして私に台本を持ってくるよう頼んだの? その一年の子の演技を見せたかったから?」
「さすが、ご明察! あの感動を共有したくてさ」
 カフェオレを二本とも持ったまま、金田は反対側の戸から去っていった。屋上と言っても三階同士をつなぐ屋根のない渡り廊下だ。ただ過ぎていくだけの人もいる。

 本当の屋上に上がるのなら今しかないように思われた。とても簡単なことだ。そこに備え付けてあるはしごを登ればいい。立入禁止の札なんて無視すればいい。
 福永は登った。呆気なく登れた。コンクリートのへこみに水たまりができて、細い月と金星とを映していた。西の空はもう幕が下りてしまったかのように暗い。
 福永は深く息を吸った。秋だ。胸が冷える。


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