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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

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将来の夢 誰かの心にひとつでも響く言葉が紡げたら幸せです。
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いつか、届け

18/08/20 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:2件 宮下 倖 閲覧数:415

時空モノガタリからの選評

短歌への「片思い」、わかるような気がします。他人の評価が気になりだすと、純粋に楽しんでいた頃の気持ちが次第に失せてしまうのですよね。社会的評価に比重を置きすぎることは、個人的な幸福を奪ってしまうのかもしれません。短歌と恋という両方でテーマが良く生かされていて、そこに共通する爽やかな生き生きした感情と、影のように付きまとう不安やぎこちなさの描写が巧みだと思います。

時空モノガタリK

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 閉じただろうか。開いたままだったろうか。
 記憶を巻き戻すように何度も思い返しているけれど開いたままだった気がする。
 先生が急に呼ぶからいけないんだ。大至急手伝えなんていうから何事かと慌てて行ってみれば花壇の水遣りだった。
 鳳仙花に水をかけながら私は気が気ではなかった。
 ひとり教室に残って書いていたノート。呼ばれてそのままあたふたと出てきたからちゃんと閉じていなかった気がする。見られたら舌噛んで死ぬというほどの内容じゃないけれど、大声出して走り回るくらいには動揺しそうだ。
 小走りに廊下を戻り教室に飛び込んだ私は息をのんで固まった。
「堀くん……」
 掠れた声しか出なかったけれど、彼は私を振り返って「おう岩井」と片手を上げた。
 心臓が大きく跳ねる。堀くんが立っているのは私の机の前だ。案の定ノートは開きっぱなしだった。足早に近づいてノートを閉じる。あ、感じ悪かったかなと思ったけれど、堀くんは逆に「ごめんな」と眉をハの字にした。
「ノート見ちまった」
 私はゆるゆると首を横に振る。開いたままで放置したのは私だ。それを見たからって堀くんを責めることはできない。
「いいよ。気にしないで」
「岩井、それ、短歌だろ?」
 思いがけない言葉に私は口を開けたまま堀くんを見つめてしまった。さぞ間抜けな顔だったろうに堀くんは頓着することもなく「いいよな短歌」とまで言い放ち、ますます私をぽかんとさせた。
「うちのばあちゃんが短歌好きなんだ。五七五七七、だろ?」
「うん……」
 うなずくのがやっとだった。ノートには推敲を重ねたあとが残る短歌や、短歌になる前の言葉の切れ端や、短歌雑誌投稿の締切日なんかが雑多に書かれている。「うちのばあちゃん」と同じ趣味をもつ同学年の女子とか堀くんにとってどうなんだろと思うと少し胸がいたかった。
「いつから短歌やってんの?」
「一年……とちょっと」
 さっさと切り上げたかったのに堀くんは妙に突っ込んでくる。私はノートをぎゅっと抱え込んだ。
 私が短歌と出会ったのは高校一年生の春だ。母親の本棚の奥で見つけた一冊の歌集がきっかけだった。聞けば、発売されてすぐ短歌ブームをつくったベストセラーだという。
 懐かしいわねえなどと母は笑っていたが、私が受けた衝撃は大きかった。
 わずか三十一音の言葉がこんな拡がりをもつ世界になるなんて。
 五七五七七のリズムがこんなにも心地よいものだなんて。
 その歌集をむさぼるように読み、短歌雑誌を買い、自ら詠むようになるまでさほど時間はかからなかった。
 楽しくてたくさん詠んだ。上手いも下手もわからずひたすら詠んだ。ただただ楽しかった。
 でもそういう純粋な時期が過ぎるとだんだん欲が出てくる。雑誌への投稿を始めたのもその頃だ。自分の短歌が人にどう評価されるのか、期待半分こわさ半分の初投稿で私の短歌は佳作入選を果たした。
 だから、勘違いしてしまった。自分には特別な何かがあるんだと。自分でも知らなかった才能が花開いたに違いないと。
 もちろんそんなはずもなく、それ以降いくら投稿してもひとつも選ばれない。意地みたいにつくった短歌はよそよそしくてとげとげしくて、自分で自分を傷つけた。
 最初のころの楽しさにはどんなに手を伸ばしてももう届かない気もちになる。
 私は短歌を見つけたのに、短歌は私を見つけてくれない。まったくもって私の片想いだ。
 黙ってしまった私に堀くんは「どうした?」と少し声を低くした。気遣わしげな声音にふっと力が抜ける。
「短歌、好きなのに辛くなっちゃって。前は楽しくてしょうがなかったのに、そういうのどこいっちゃったのかなって」
 ああひどい弱音だ、みっともない。
 でも堀くんは「あ−わかる!」と何度もうなずいてみせた。
「俺の剣道もそうだよ。ちょっと歯車が狂ったなって感じると体は動かないし一本とれなくなるし、好きでやってるはずなのに楽しくなくなるし。でもさ……」
 堀くんは人懐っこい顔で笑う。
「好きなら大丈夫なんじゃないか。いつかきっと届くって俺は思ってる。あー、えっと……そのノートのさ、一番下の短歌いいなって思うよ」
 堀くんは照れくさそうに鼻の頭を掻きながら「じゃあな」と片手を上げて教室を出て行った。
 彼の足音が遠ざかると私は慌ててノートを開いた。堀くんが褒めてくれたのはどの短歌だったのだろう。
<陽炎をしたがえて立つ剣士なり 道着の藍の濃くなりて夏>
 この歌を詠んだときの情景と自分の感情が一気によみがえってくる。
 好きなら、いつかきっと届く。
 短歌への想いと、私のもうひとつの片想いもいつか届くだろうか。


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このストーリーに関するコメント

18/09/10 待井小雨

拝読させていただきました。
創作をする人間であれば誰でも味わう悩みや苦しみが「短歌への片想い」に詰まっていると思いました。好きならきっと届くと私も信じたいです。
ラストで書かれている「もうひとつの片想い」を表現している短歌がとても素敵です!

18/09/26 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
主人公の短歌への思いが自分の創作への思いと重なりました。
最後に「もうひとつの片想い」が明らかになる構成がいいですね。
素敵なお話をありがとうございます!

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