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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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風が僕だけよけていく

18/08/20 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:0件 むねすけ 閲覧数:304

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 そこには砂塵敷きの地面と岩肌に、様々な楽器があるだけだった。
 幾百幾千の山の頂、僕らは行き着いたのだ。証拠に空は犬と呼んでもかまわないほどに何処にもなかった。空は犬のように鳴いている。僕らに置いていかれて、きっと。
 いつか、月の砂漠、とラクダに乗った歌うたいが上手い組み合わせを披露してくれた。自慢の喉に、絶妙な景色のタッグがメロディーの補助になって美しかった。あれよりも、上手いことを言いたい。ここは、
「楽器の淵」
 どうだろう。
 僕はラクダの代わりに二本の足と手を、振り振り歩いて反応を窺った。
「いまひとつだったかな」
 鳴らない楽器たちに少しだけセンスのなさを苛まれてうなだれる。だけど、待ってろ、僕はここに何をしに来たか。そっちで満足させてやるぞ。
 楽器の淵、頂に唯一、先へと続くだろう未踏の行方。噴火口のようなそれは、分厚い霧の絨毯に覆われて穴とも知れない。認識が歪む、穴でない穴は、僕を何処へ、誘う。
 さぁて。楽器だ。
 ピアノ、アコーディオン、ハープ、バイオリン、エレキギター、マーシャルのアンプは何処から電気を得ているんだろう。きっとそう、穴でない穴の底に、ケーブルは霧に呑まれて消えていた。ウッドベース、そして、ハーモニカ。
 僕はひとつひとつの楽器を見て回る。間に、僕の仲間たちは楽器の演奏を始める。
 髪の長い少女は透ける手の甲から肉体の腱をピアノの鍵とくっつけて、一音一音涙をそそる音を奏でた。
 黒い肌の男は髭に埋もれた目鼻をリズムにさらに埋没させていながら浮遊していく。
 全身にタトゥーを踊らせた青年は顔でエレキギターを弾き、ちぎれてしまった首を大笑いで探している。
 その背に、みるみるうちに白く風を受けて生きる羽が生えた。と、途端に僕の仲間たちは、淵に立つ。楽器を伴なって、飛翔した彼らに僕の目は目蓋を失くす。風、頂に、淵、風、羽、僕の仲間たちは、噴き上げる福音に、努力を捨てて微笑む。微笑みは僕に語りかける。
「ホラ、キミモハヤク」
「ガッキヲヒトツドレガアナタノネイロ?」
「イタダキマデヤッテキタンジャナイカアトハトブダケ」
「サキヘ」
 さぁて。
 僕は一人、残された楽器を見て回る。
 鉄琴、ファゴット、ハモンドオルガン、和太鼓、そして、
「ハーモニカ」
 僕は呼吸の楽器を唇にあてがった。頂に来て、初めてやっと息を吸う。肺活量の測定器をぶち壊して、ティーチャーに怒られた。そんな記憶が体の内側で音と一緒に産湯に浸かる。
 曲、呼吸、僕。気持ちがいい、どうして。これだけでいいから。これだけをしていて、何も損をしないから。料理を作らなくていい、バットを振らなくていい、計算式を解かなくていい、彼女と夜に遊ばなくてもいい。そんななにもかも、全部を僕はこれでやってやる。借りた命の支払いを、これで。全部。そうだろう、ハーモニカ。なのに、だ。
「あれ」
「おや」
 僕の背中に、羽が生えてこない。きやしないんだ。どうしたんだ、僕の背中はここだぞ。
 何度も何度も曲を変えて、背を振り向く僕に、耐えかねてハーモニカが言葉を放つ。
「あなたの楽器はハーモニカじゃないわよ」
「なんだって?」
 面白くもない冗談だ。
「あなたの楽器は、別にある。思い出して、あなたは、私を捨てたじゃないの」
 思い出せ? いいだろう。いくらでも。何曲でも、どれだけでも。
 伯父さんに連れてかれたジャズ酒場。
 初めての音はファのシャープ。
 一杯奢るぜ、子供なんだ、ジュースにしとけよ。
 一度聴いたら吹けるよ、普通じゃないの?
 天才だ。神童だ。ハーモニカに選ばれた子だ。
「どうだよ、思い出してやったぞ。さぁ、次はお前の番だ、羽をくれ」
 僕は曲を演奏しながらハーモニカに言う。なのに、こいつは。
「思い出せないのね、思い出すと、あなたは壊れてしまうもの。一度、あなたは私と一緒に壊れたんだもの」
 折角の曲が台無しになる言葉を、続けやがる。
「だけど、あなたはもう一度、生き返った、そっちの楽器をお弾きなさい。さぁ、思い出して」
 うるさい。
「僕は、ハーモニカが好きなんだ」
 呼吸の楽器、それは僕の理想の楽器。想いが湧く気泡に走り勝つ速度で音が生まれる。僕の空へと続くアース。
 それからどれだけの時間が経ったか誰も知らない。
 ハーモニカを吹き続けた僕。呆れてもう何も言わないハーモニカ。そこに。
「黒い」
 僕の背中に黒い羽が生えた。しかし、ハーモニカを伴なって飛翔することはない。それでも、僕は淵へ歩く。この羽に、きっと風を受けたら仲間と同じ場所へ、行けるから。
 風が噴き上がる。
 黒い羽は、風を受けない。
 僕が我儘に跳んだら、ハーモニカが体をすり抜けて淵に残った。
 待っていた誰かがハーモニカを拾う。
 あぁ、音が、消える。


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