R・ヒラサワさん

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18/08/20 コンテスト(テーマ):第160回 時空モノガタリ文学賞 【 伏字 】 コメント:2件 R・ヒラサワ 閲覧数:333

時空モノガタリからの選評

何気ない日常の一コマの中から女性の孤独とかすかな心の変化が伝わってきて、心にストンと落ちるものがありました。大人に正面切って説教されるよりも、結果的に誤解ではあったものの子供の無邪気な質問だからこそ、主人公のアキコは、自分の心に素直に向き合うことができたのかもしれませんね。

時空モノガタリK

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 アキコが二十歳ぐらいから知るショッピングセンターは、オープンから既に三十年は経つだろう。ここにはしばらく来なかったが、最近また利用するようになったのは、十年以上連れ添った夫と別れた事がきっかけだった。
 夫の浮気が原因で離婚してから半年。今年で五十歳になるアキコにとって、熟年離婚は簡単な事ではなかった。
 夫が提示した慰謝料によって、経済面の不安がある程度解消された事と、何より、自分を裏切った相手と暮らす気になれなかった。
 家事は随分と楽になった。洗濯は三分の一になり、夕食のメニューで悩む事も無い。しかし、日々の生活に張りは無くなってしまった。
 普段の買い物は最寄りのスーパーで済ませている。半月に一回程度、少し足を伸ばしてここに来ているのは、スーパーには置いていない雑貨や洋服を見て、気分転換をするのが目的だった。
 今日は洋服を見た後に食材を買い、一度店を出たのだが、少しコーヒーでも飲もうと、店内にあるベンチに腰掛けた時、隣に男の子が座って来た。
「ねえ、おばさん。これ何だか分かる?」
 子供が居ないアキコは『おばさん』に抵抗があったが、子供嫌いではないのですぐに答えた。
「さあ、何かしら?」
 男の子が手にしているハガキサイズの厚紙には、何か文字が書いてあった。
「ここの●●のところに入る言葉、何だかわかる?」
 なぞなぞの類だとアキコは思った。男の子は小学二年生ぐらいだろう。
「ねえ、何て書いてあるの?」
文字は読み取れたが、あえて聞いてみた。
「『ナ・ン・ト・カ』は、やめましょう」と、男の子はハキハキした声で読み上げた。実際紙に書いてあったのは『●●●●』だったが、伏字の部分を『ナントカ』と読み替えたのだ。
「だからさ、ここのマルのところに何て言葉が入ると思う?」
「そうねえ、『よ・ふ・か・し』はどう?」
「『よふかし』? 『よふかし』ってなあに?」
 この子は夜更かしと言う言葉を知らなかった。
「あのね、『よふかし』って言うのは、夜に寝ないで遅くまで起きてる事よ」
「なーんだ。それなら大丈夫。ぼく、いつも八時に寝てるもん。だけど答えは不正解」
「じゃあ、後に『やめましょう』って続いてるけど、この答えって何か……」
 その言葉を遮って男の子は言った。
「ママが僕に絶対しちゃダメだって!」
「へえ……。そうなんだ……」
 アキコは少し考えた。たまにはこうやって子供と話すのもいいものだ。しかし、ここに入る四文字とは一体何だろう? 大人が相手なら難しい言葉も考えられるが、子供となるとまるで見当がつかない。
 アキコはそっと、男の子の顔を覗き込んだ。その横顔に何かヒントとなる物を探すかの様に。すると視線に気付いたのか、男の子は急にアキコの方を見て言った。
「おばさんもさっきやってたよ。僕、見てたんだもん」
「私も? ねえ、見てたって何処で」
「隅っこの方でこっそり」
 アキコの思考回路が一気に働き出した。
「この答えって、ひょっとして何か悪い事なの?」
「そう。だってこの前、高校生のお兄ちゃん達がこれをやってて、おまわりさんに叱られてたもん」
 それを聞いて、アキコは自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
「まさか……」
 このショッピングセンターは、自宅から私鉄で二駅ほどの距離にある。ここなら近所の人達は、ほとんどやって来ない。わざわざここを選んでいるのは、他に理由があった。
―答えはきっと『まんびき』―
 買い物の時には必ずマイバッグを持っていった。色んな食材をレジカゴに入れる中、一つか二つをそこに忍ばせる為……。
 今日が初めてではなかった。これでもう三度目だ。『万引き』が犯罪だとは、もちろん分かっている。だが、どうしても自分の衝動を抑える事が出来なかった。
 そのうち誰かに呼び止められる。そんな思いはあった。しかし、その相手が小学生だとは夢にも思わなかった。
「ねえ! ねえったら、おばさん!」
 男の子の声にハッとした。しばらく想いにふけっていたようだ。
「もう時間切れだよ」
「ちょっと待って! 答えを言うのは……」
 アキコは遮ろうとしたが、男の子が答える方が早かった。
「答えはね、『き・つ・え・ん』」
「え? 『きつえん』?」
「そう、知らないの? きつえんってタバコを吸うことだよ」
「そ、それは知ってるけど……」
 タバコは離婚後に吸い始めた。これもきっとストレスだ。先の見えない毎日から、早く抜け出したいという思いは募っていた。
 男の子が用意した答えとアキコが思っていたものは違っていたが、そこに何か答えが見えた気がした。ふと隣を見ると、そこにはもう男の子の姿は無かった。
 アキコは店の外に出て、隅にある喫煙コーナーでタバコに火をつけた。
 初めて吸ったその時よりも、深く煙が目に沁みた。


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このストーリーに関するコメント

18/08/25 55

拝読いたしました。
子供の無邪気な恐ろしさが伝わってきて、ぞくりとしてしまいました。
素敵な作品をありがとうございました。

18/08/26 R・ヒラサワ

55 様
コメントいただき、どうもありがとうございました。
子供が意図せず、大人に何かを伝える事が出来ればとの想いで書きました。うまく表現ん出来ていれば良いのですが……。

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