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霜月ミツカさん

性別 女性
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あのひとが住む街

18/08/19 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:0件 霜月ミツカ 閲覧数:226

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 窓の外の景色は、高層ビルが連なっていたり、工事現場の柵がてられていたと思えば田園が広がっている。まるで創造と破壊を繰り返し、過去と現在が交錯しているようだった。こんな遠くまできて、きちんと帰れるのかという不安よりも、よく分からない高揚感で心臓が暴れていた。いままで勇気がなくて買えなかった、自分にはあまりにも可愛すぎるワンピースと、インターネットでメイクの教則動画を見てコスメを買い集めて、必死で勉強したメイク。マスカラが目の下に落ちていないか不安になって鏡を何遍も見た。
 新宿から急行で三十分ほど。新宿にも行き慣れていないのにこんなところに来て大丈夫かと思いながらこころのなかで微笑した。小田急線の窓の外は、いろんなモノに溢れている。だけど、その中にも家がたくさんあって、いろんなひとの生活がある。
 あのひとの住む街の最寄駅を告げるアナウンス。全身に汗がかけめぐる感覚があった。電車の中にはちらほらとしかひとが乗っていなくて、その駅に興味があるのはわたしだけのようだった。
 電車を降りて、わからないながらひとについていく。階段をのぼって、改札を出た。都会だ。神奈川、というと東京よりも劣っているんじゃないかと茨城に住むわたしはそう思っていた。だけど、比較に東京を持ち出すのも失礼なほど、独自に発達していて、建物は丁寧につくられていた。改札を出て数歩歩くと、涙が出そうになった。あのひとは、いつも、きっとこの駅を使っていて、いまわたしが見ているコーヒーショップやドラッグストアを目にしている。同じものを、見ている。嬉しかった。
 あのひとがインスタグラムに載せていたラーメン屋さん、かき氷屋さんを巡った。あのひとがよく着ている服屋さんも見に行った。わたしには高くて到底買えそうもない値段だった。でもあのひとに会ったことがあるかもしれない店員さんに優しくされるのはなんだか誇らしかった。
 スーパーに入った。もしかするとあのひとが通っているのかもしれない。この間作っていたアクアパッツァももしかしたらここの食材をつかって作ったのかもしれない。スーパーで男女が楽しそうに話していた。わたしはずっと考えもしないことを急に思った。
 あのひとが、この街で女性といるところを歩いていたら死んでしまうかもしれない。
 そう思ったら、急にこんなことをしている自分がこわくなった。
 きょうはわたし史上最強に可愛い格好で来た。もし、あのひとに会えたら少しでもいい印象を持って欲しかったから。だけど。あのひとは、一度会ってもきっとわたしのことを覚えるわけない。それでも、よかった。
 あのひとは若手俳優だ。テレビにそんなにたくさん出ているわけじゃない。でも、少年漫画を原作としたミュージカルに出演していて、ファンも結構いる。わたしには手の届かない存在。だけど、世界で一番愛しい存在。
 この前インターネットで、あのひとの住む街を特定したひとがいた。あのひとのインスタグラムから、割り出したらしい。わたしはそれを手掛かりにあのひとの住む街に来た。会いたかったわけじゃない。偶然会えたらいいなとは思ったけれど、ただ、わたしがまったく知らないところに住む街にあのひとを、少しでも近くに感じたかった。ただそれだけ。
 その街で何も買わずに急いで電車に乗った。心臓がずっと跳ね続けていた。もし、同じ電車にあのひとが女性と駆け込んできたらどうしよう。そんなことはなくて、わたしの乗る電車が来て、知らないおじさんとわたしだけが乗った。最後に反対側のホームを見て、あのひとがこの駅で降りないか、動体視力を頼りに見た。あのひとはいなかった。
 あのひとはいないのに、わたしは鏡を見た。マスカラが少しだけ、目の下に落ちていた。ティッシュで丁寧に取って丸めてポケットに入れた。
この街は夢の街じゃなくて、侵してはいけないあのひとの住む街。


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