そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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帰郷

18/08/18 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:221

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 久しぶりに銀座を歩いていたら、後ろから肩をたたかれ、振り向いた。
「こんにちは。私を覚えていますか?」
 何かの詐欺だろうか、と反射的に思ったが、その女の顔をじっと見ていたら、心なしか見覚えがあるような気がしてきた。
「うまく思い出せませんが、誰でしたっけ」
「私は湊高校三年一組三十番猫島今日子です。あなたは同じクラスの十八番加古川君ですよね」
 高校を卒業して二十年。出席番号など忘れてしまっていたが、確かに僕の事だろう。猫島さん……。隣に座っていた女子がそんな名前だったっけ。僕は目の前の女と、記憶の中に浮かんできた女子高校生を重ねてみる。もちろん年はとったが、それほど外見は変わってはいなかった。肩の上で切り揃えられたおかっぱ頭。割に大きな一重の眼はいくぶんつり気味で猫の目を思わせる。『名は体を表す』ということわざが浮かんだ。半袖の白いブラウスに青いタータンチェックのプリーツスカート、紺色のソックスに黒いローファーというクラッシックな服装は、地味な女子高生のようだった。
「ああ、思い出しました。猫島さん。隣の席でしたよね?」
「はい。その節はいろいろお世話になりました」
 そう言われても、お世話した事など全然覚えていなかった。
「加古川君、お茶する時間ありますか?」
 猫島さんに誘われ、僕らは近くの喫茶店に入ることにした。

「私、加古川君にいろいろと助けられたんです。授業中、貧血で具合が悪くなった私を保健室に付き添ってくれたり、雨の日に置き傘を貸してくれたこともありました」
「そうですか。ごめん、全然覚えていないのだけど」
「いいんです。当然です。加古川君は誰にも優しかったし、別に私に特別に優しくしてくれたなんて思っちゃいません。ただ、嬉しかったんです。あの頃は、たぶんありがとうの一言も云えなくて。だから、こうして会えて良かった。ありがとうございました」
 そういえば、高校時代、猫島さんと言葉を交わしたことはあまり記憶にない。僕とだけでなく、猫島さんが誰かとしゃべっているところを見た事がなかった気がする。病欠で休んでいる事が多かったんじゃなかったっけ? だから友達もいなかったのかもしれない。そんな猫島さんの孤独を、高校生の僕は気付いていただろうか。どこかで気づいていたのかもしれない。だけどそれに対して僕に出来た事は、取るに足らないような親切でしかなかった。
「いえいえ、そんな。たいした事はしてないです。それより猫島さん、お元気そうで何よりです」
「はい。大人になるにつれ身体は元気になり、今は占い師をしています。ここからほど近い銀座のとあるビルの地下が職場です」
「へー占い師ですか。それは意外なかんじです」
「まだ駆け出しですが、西洋占星術をしています。一般的にいうと星占いと呼ばれているものです。誰かの役に立てればと思って。加古川君は……ブラジルでお仕事をされてるとか?」
 驚いた。なぜそれを知っているんだろう。商社に就職した僕は、長いことブラジルの地で鉄鉱石の輸入に関わってきた。立ち上げたプロジェクトが一段落したので、会社からごほうびとしてまとまった休暇をもらい、お盆に帰国した。実家で両親と過ごしたあと、暇だったので銀座に来てみたのだ。特に目的はなく、なぜか銀座だった。今思えば、猫島さんに会うために来たという気がしないでもない。運命というものが存在するとして、今日、猫島さんとここで出会うことはあらかじめ決められた事だったのかもしれない。ブラジルの地方は治安が悪く、ピストルを背中に突き付けられたこともあった。強盗は日常茶飯事だった。そんな場所で、生きてこられたのも運命で決められていたのかもしれない。
「ブラジルは日本からとても遠い国だけど、強い想いは距離を軽々と乗り越えられます。おかえりなさい。ずっとあなたが好きでした」
 猫島さんの黒目が縮小し、僕の意識がふっとそこへ吸い込まれそうになる。僕は何と返せばいいのだろうか。
「返事はいりません。最後に大切な事をひとつだけ。私の名前は『ねこしま』です。ねこじま、ではありません」
 そう云って猫島さんは微笑んだ。猫島さんの笑顔を見たのは初めてで、もっと早くにそれを見ていれば、或いは僕も好きになったかもしれないと、どうでもいい事を考えた。

 外へ出ると夏の陽射しが容赦なく照り付ける。ブラジルも暑いが日本もそれに負けてない。ここはジャングルこそないが、過酷な熱帯の地だ。
 僕らは手を振って別れた。空へかざした僕の指先が透けた。少し歩いて振り向く。彼女の背中が人波の中に飲まれてしまうまでの、ほんの束の間に僕は唐突に気づく。
 猫島さんは、何もかも知ってて僕を待っていてくれたんだ、と。
「ただいま、ねこしまさん」
 あの日、僕は殺されて、今、魂だけ日本に帰ってきているんだ、と。


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このストーリーに関するコメント

18/10/22 泡沫恋歌

そらの珊瑚さま、拝読しました。

最初は猫島さんの方があっちの世界の人かと思いましたが、まさかのオチでしたね。
大変面白く読ませていただきました。

18/10/25 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

そういう意図はなかったのですが、面白く読んでいただき、なによりです!

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