1. トップページ
  2. やお姫に祈れば

秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

性別 女性
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

2

やお姫に祈れば

18/08/18 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:2件 秋 ひのこ 閲覧数:97

この作品を評価する

 やお姫って知ってる?
 その昔、漁師の男に恋をしたけど、男は池の大ナマズに襲われて、姫がその身と引き換えに大ナマズを退治したの。それ以来、池の水で身を清めると、好きな人と両想いになれるんだって。 


 マフラーをぐるぐる巻きにした女子中学生ふたりが寒気に頬を赤く染め、ピンクの御守を手にはしゃぎながら帰っていく。
 その様子を眺めつつ、エマは「若いねえ」とつぶやいた。29歳、職業、巫女。
 小さな社務所の奥で電気ストーブを焚き、納品された大量の御守と絵馬、ステッカーを箱から出して販売ケースに収めていく。隣で納品書をめくる叔母が「あんたもがんばりなさいよ」とお決まりの台詞を吐いた。
 ここは、エマの父が神主を務めるとある神社。長年経営不振に陥っていたが、参拝者はここ1年で5倍に増えた。すべては「やお姫伝説」のおかげである。
 発案者は父。作戦部長は「全てはマーケティングよ」とのたまう現役広報部長の母。エマは、昔まんが家を目指し培った画力で、やお姫のキャラクターデザインを任された。エマが描いたプロ顔負けのアニメ調の姫で等身大パネルやポスターを作り、SNSで発信したところ――、地元の女子中高生から注目され、あっという間にネットで拡散。婚活女子やパワースポットファンまで押し寄せるようになった。

 社務所を閉め表に出ると、薄闇の中、ひとりの少女が一心に掌を合わせていた。年の頃、おそらく高校生。
 やがてそっと顔を上げると、神殿の脇にある石をくり抜いて作った水桶で丁寧に顔を洗う。姫が大ナマズを倒したという「伝説」の池の水。お参り後にここで身を清めると、願いが叶うと言われている。
 少女が用意していたタオルで顔や手を拭く。そこではたと視線がぶつかった。
 白い小袖に朱い袴姿のエマに、少女は軽く会釈した。エマは「ご苦労さまです」と声をかける。立ち去ろうとしたところで、「どのくらい」と声がした。
「どのくらい拝んだら、ご利益がありますか」
 白い息を吐いてこちらを見つめる少女に、エマは返す言葉がない。ただ、もう一度軽く頭を下げた。

 少女が去った後、水桶の裏側に回り、水栓を閉める。桶をなみなみと満たす水を見下ろし、この冷たい水で顔を洗った少女を思うと、胃の底が重みを増した。
 水は、ただの水道水である。
 すべてはまがいもの、嘘なのだ。
 やお姫なんてでっちあげ。たいした由緒もない神社に人を呼び込むための作り話。ただのマーケティングだ。

 エマがあの少女くらいだった頃、好きな男の子がいた。
 仲がいいと、思っていた。よく話すし、よく目が合う。でも、それだけだった。いつの間にか、彼は別のもっと仲のいい子とつき合い始めた。恋愛の成就なんて五分五分だ。神頼みでなんとかなるなら、世の中どんなにお気楽なことか。
 社務所の脇で鈴なりにぶら下がる絵馬が、北風にカタカタ揺れた。
『Kくんとつきあえますように』
『良介くんと両思いになりたい』
 恋する娘たちの願いだけが、この神社で何よりも「本物」に見える。

 翌日、また少女が現れた。
 底冷えする薄暮の境内で丁寧に顔と手を洗う姿は、見ているこっちが凍えてしまう。
「風邪、ひかないようにね」
 社務所から出て、エマは少女に近づいた。
 少女はタオルで頬を包みながら頷く。その顔は、不思議なほど清々しい。
「あのね」
 エマは昨夜からずっと考えていたことを、迷いながら口にする。
「わかってると思うけど、お祈りするだけじゃ駄目。自分で行動しなきゃ。特に相手がこっちの想いに気がついていない時は、もっと話しかけて、他の誰よりも彼に優しくしたり笑いかけたり。その勇気を、やお姫はくれるんだよ」
 少女が真偽を探るようにエマの双眸を覗き込み、エマは予想通り激しく後悔する。
 我ながら、よくまあぺらぺらと。一度も告白したことすらないくせに。
 少女はふいに頬をゆるめると、「御守、まだ買えますか」と尋ねた。
「ここまで通うのは大変だから。いつも持ち歩けるやお姫の何かがほしいです」
「どこから来てるの?」
 少女が告げた街は、山の向こう側。隣の県だ。噂、という影響力を、エマは改めて思い知り、罪悪感がうずく。
 社務所に駆け込み、桜色の小さな御守と新作ステッカーを掴むと外で待つ少女に手渡した。
「初穂料はいいから。……がんばってね」
 こんなもので、少女の気持ちが強くなれるなら。
 やお姫が描かれた『恋愛成就』のステッカーと御守を、少女は目を丸くして受け取る。それから大事そうに胸に押しつけ、花が咲くように微笑んだ。
「やるじゃない」
 叔母が社務所の窓から顔を出した。
「初穂料、あんたの財布から納めといてね」
 神社はビジネス。だがご利益は、神ではなく人間が生み出すものだ。エマは神職らしからぬ思いで、少女の恋の成就を祈った。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

18/08/19 文月めぐ

拝読いたしました。
エマの心の葛藤、こちらまで苦しくなるような現実味のある描き方でした。

18/08/20 秋 ひのこ

文月めぐさま
こんにちは。
「恋」の話は読むのも書くのも苦手なので、なんとかとっかかりになる題材を探し、苦肉の策?で「縁結び神社」を用いた次第です。
コメントをいただきありがとうございました! 
何度も書き直し、迷いながら投稿したのでうれしかったです。

余談ですが、神社の話で「絵馬」まで出てくるのに主人公の名前を「エマ」にしてしまって、これは大失敗でございます……(・・;)

ログイン