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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
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体外離脱するほど片想い

18/08/15 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:153

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 体外離脱とは、体から離れた自分が、体をおきざりにしてあちこち浮遊するということらしいが、そんな話、僕はあたまから信じていなかった。
 ところがあるとき、その僕が、体外離脱を体験したのだ。
 忘れもしないある春の夜、僕は布団に横になりながら、ひとりの女性の顔を思い描いていた。
 泉美春。同じ会社に勤める子で、それはキュートですてきな女性だった。
 僕は彼女が大好きだった。毎日毎夜、彼女のことを思わないときがないほどだった。この想い、いつかはきっと伝わることと思ってい。ところが、会社で顔をあわせ、目をみかわしても、彼女から僕のほうにはなにも伝わってこないのだった。
 僕の彼女を慕う気持ちは、だれにも負けない自信はあったものの、そのような無形文化財的心情では、彼女になにひとつアピールしないようだった。
 話をもとにもどして、横になって美春のことを思い描いていたそのとき、ふと自分が体からするりとぬけだすような感覚にみまわれた。あれよあれよといううちに、僕は自分の体を真上からながめていた。
 僕ははしばらく体のうえを、ふわふわとびまわった。いままでいた肉体が、なんだか重々しくて、やっかいなしろものにかんじられた。僕は、体外離脱を、いま体験しているのだと確信をもつと同時に、たまらなくわくわくした気持ちになった。体外離脱すると、どんなところへでも、たとえ宇宙のはてまでも、瞬間移動できるのだ。
 僕がいきたいところは宇宙の果てなんかじゃなく、もちろん泉美春のところだった。と思ったとたん、ぼくは泉美春の部屋のなかにいた。天井のすぐ下あたりに浮かんで、ベッドに腰かけ、ゆっくりした仕草で髪をブラシで梳いている本人を、みおろしていたのだった。
 彼女は肌がすけてみえるぐらいの薄いナイトウエアをはおっていた。もしのぞむなら、そのナイトウエアの下も、のぞきみることができたにちがいない。しかし、煩悩にみちた肉体から離れているおかげか、このときの僕は、そんなやましい行為にははしらなかった。
 なにせはじめての体外離脱体験だっただけに、ながいあいだ肉体から離れていることにしだいに不安が募ってきた。僕は、ふたたび一瞬のあいだにもとの肉体のなかにもどっていた。
 体外離脱というのはおもに、臨死状態のときによくおこるのだという。事故や病気で生死の境をさまよった人が、瀕死の体からぬけだして、この世のものとは思えないうつくしさにみちたお花畑をみてきたり、愛とやさしさにあふれた人々と親しくやりとりをしたりした後、神や仏や、それとも亡くなった両親から、お前はまだ死ぬにははやいとさとされたとたん、病室でまた手術室で、あるいは自動車事故の現場で、周囲から死んだと思われていたはずが、とつぜん息をふきかえすという話は、わが国だけにかぎらず世界中に数多く存在する。
 僕のような、自分の意志で体外離脱するのは、ひじょうにめずらしいケースだが、それでもまったくないというわけではない。きっとそういう人々は、僕のように好きな人に想いが伝わらずに、心だけでもその人のところに飛んでいきたいという、やむにやまれぬせつなる願いにつきうごかされてのことなのではないだろうか。
 翌日、会社で美春をみたとき僕はおもわず、昨晩ナイトウエア姿の君をみたよと、これはどっぷりはまりこんだ肉体の、煩悩からでそうになった言葉を、あわてて喉元にひっこめた。
 それからの僕が、毎日のように体外離脱をくりかえしては、美春のところに瞬間移動するようになったのはいうまでもない。
 最初のうちこそ、彼女をながめて楽しむだけにしていたのが、日を重ねるうちだんだんと、それだけでは満足できなくなってきて、今晩とうとう、その体に直接ふれてみた。いくらさわっても、美春のほうは気がついた様子はなかったが、こうして部屋でいっしょにいられることの喜びに、なにもかもわすれて僕はひたりつづけ、気がついたら三日がすぎていた。体から離れていると時間の観念がなくなることが、遅ればせながら気がついたときは遅かった。
 僕はいそいで、自分の体を思い描いた。ふつうならそれで、もとの体に瞬間移動するはずだった。が、僕が移動したところは、みなれない場所で、なぜかぼくの両親と姉、それにふだん会うことのない親戚たちが、みな黒っぽい衣服をきて沈痛な面持ちでたっている……。
 ここが火葬場で、たったいま閉ざされた扉のむこうで、遺体を焼く火が点火されたところだとわかった。体外離脱した僕の仮死状態の体をみた家族の通報で、かけつけた救急隊が、息をしていない僕を死んだものとみなしたこれが結末だということを、一瞬にして僕は理解した。
 まってくれ俺のからだと、思ったとたん、いままさに内側から燃え盛る炎の音が伝わってくる扉をすりぬけて僕は、もとの自分の体にもどっていた。


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