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入江弥彦さん

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ボクとカイジュウのいない夏

18/08/15 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:4件 入江弥彦 閲覧数:251

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今年は僕の町だった。
毎年、夏になると日本のどこかに巨大な生命体が現れる。東京にあるビルなんかよりもずうっと大きい、ワニと鳥とを混ぜたような奴だ。ワニのように鋭い爪のついた足を、二つの田んぼに片方ずついれた体勢で眠っている。今まで、そいつは動いたことがない。いつの間にか現れて、いつの間にか消えているのだ。
ゴツゴツしていそうな背中の鱗の隙間から生えた翼が開いたところは見たことがないけれど、きっとすごく大きいのだと思う。
世間では巨大生物と呼ばれているけれど、僕はそいつをカイジュウと呼んでいた。怪獣じゃなくて、海獣でもなくて、カイジュウ。漢字はない。なんたって小学生の僕は漢字にあまり詳しくない。獣という字も、何度も辞書で見て覚えた。
「なにしてんの、ヨーイチ」
僕が必死にノートにカイジュウの特徴を書き記していると、後ろから落ち着いた女子の声が聞こえた。きついハイキングコースを通ってこの山に来るクラスメイトの女子なんて一人くらいだ。
「ここはね、カイジュウの背中にあるトゲが良く見えるんだ」
ナミカが僕の隣に座ると、シャンプーのいい匂いがした。彼女の身長は僕より高いから、座った彼女の顔を見ようとすると、少し見上げる形になる。
「ふうん、あれ、カイジュウっていうの」
「僕はそう呼んでる」
彼女は僕の手元のノートとカイジュウをじっと見比べた後、大きく首を傾げた。
「それって、自由研究なの?」
「違うよ、好きやってる」
その後も彼女はしばらく何も言わずに僕の様子を見ていた。五時の放送が鳴りだすと、彼女は僕に家に帰るように言う。太陽はまだ高いところにあって、夕方だという気がまったくしなかった。
「ヨーイチは、あのカイジュウに何をしてほしいの?」
「何を……?」
「そう、動いて欲しいとか。飛んで欲しいとか。あとは、ビームを出してほしいとか!」
「そんなのないよ!」
ハイキングコースは、上りよりも下りのほうがきつい。足元に十分注意しながら歩いていると、ナミカが僕の顔を覗き込んだ。
「へえ、あんまり欲がないのね。ヨーイチがそれだけカイジュウのことが好きなら、彼女も何かお返ししたくなるかと思ったんだけど」
「彼女?」
「あ、カイジュウのこと。もしかしたら女の子かなって思って」
「どうして?」
「だって、ヨーイチがそんなに夢中になってるんだもん」
ナミカはそれきり黙って、少し足を速めた。
 

家に帰ると、テレビが大きな音を出していた。耳を塞ぎたくなるような音量で、その前に寝ころがる父のいびきをかき消している。
テレビからは、東京で美味しいスイーツが人気だとか、何がフォトジェニックなのかだとか、それから僕には難しい政治の話だとか、世界の中心がそこにあるようなニュースが流れている。
僕は父を起こさないように酒瓶をよけて、そっと横を通り抜ける。
去年は、カイジュウが東京の近くの県に現れた。そこからの毎日は大変で、連日の特別番組、緊急速報、さまざまなもので数少ない娯楽のアニメがつぶれたのをよく覚えている。
今年もそうなると思っていたのに、テレビはひどく静かで、ゴミ捨て場にゴミがあるのは当たり前だと言わんばかりの態度だった。
夜中に置きだした父は、まさに怪獣だった。化け物というほうが近いかもしれない。毎日僕は布団の中で震えて、今日は運がいい日でありますようにと祈るのだ。
「おい、お前、帰ってたんか」
運が悪い日というのも、もちろんある。
布団をはがされ、髪を掴まれた僕が痛みから逃れるように立ち上がると、父の酒臭い息が顔にかかった。
何かを言わなければと考えていると、ガシャンと大きな音がして父の意識がそちらにそれる。それと同時に起こった大きな地鳴りが、父の手を緩めた。サイレンにも似た咆哮が窓ガラスを割る。
僕は直感した。
「カイジュウの声だ」
父の脇を抜けて、家から飛び出す。走りながら靴を履いた。後ろから怒鳴って追いかけてくる父から逃げていると、カイジュウの背中がぼんやりと光っているのが見えた。
野次馬を抜けて立ち入り禁止のテープをくぐってカイジュウの正面に立つ。野次馬の中には、ナミカの姿も見えた。
カイジュウのワニのような目を開いて、僕をじっと見つめた後に顔を近付けてきた。
「僕は洋一、君の名前は?」
カイジュウはそれに答えずに僕をくわえると、器用に背中の上に乗せた。
ものすごい高揚感とともに、感じたこともないほど心臓が大きく動く。頬が紅潮して、体をめぐる血液が一点を目指しているようだった。
カイジュウが大きな翼を開いて、軽く上下する。
「行かないで! ヨーイチ!」
ナミカの声が聞こえたけれども、僕はカイジュウと少しでも触れ合いたくて、彼女の背中に全身を預けるように腕を回した。


来年も、変わらず夏が来る。
僕と、それからカイジュウがいなくなった夏だ。


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このストーリーに関するコメント

18/08/15 キッド

家庭の不和、虐待、カイジュウ、僕のいない夏。
不穏で不思議で理不尽な少年を取り巻く世界が今にも壊れそうな、切ないお話でした。

18/08/15 入江弥彦

キッド様

コメントありがとうございます。
少年に思いを馳せていただき大変うれしく思います。

18/08/27 待井小雨

拝読させていただきました。
夏の日の少年の夢が詰まっていると同時に主人公の切なさも感じる物語でした。
この主人公がカイジュウといなくなってしまったように、カイジュウがイヤなこと何でもさらっていってくれたならいいのにな、と思いました。

18/09/15 入江弥彦

待井小雨様

コメントありがとうございます。
カイジュウはきっと彼にとっての希望だったのだと思います。人間同士のそれだけじゃない片想いが書けていれば幸いです。

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