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北沢あたるさん

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恋に恋せよ、乙女。

18/08/09 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:0件 北沢あたる 閲覧数:190

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片想いは楽しい。

私は隣のクラスのトキワ君に恋をしている。
きっかけはある春の日。真新しい少し大きめの高校の制服を着、桜の花びらがひらひらと舞う通学路を歩いていた時だった。桜並木の中を春風が吹き抜けた。突風に驚いた私は、手にしていたプリントを手放してしまった。一時間目の英語で小テストがあり、出題はこの中からと、昨日の授業中に配られたプリントを、通学途中に確認していたのだ。
プリントが風に舞い上がる。捕まえようと振り返った先に、背の高い男の子が立っていた。
「我ながらナイスキャッチ! これ、君の?」
彼は空中でプリントを掴むと、それらを私に差し出した。ちょっと癖のある茶色掛った柔らかそうな髪が揺れた。唇の隙間から見える白い八重歯と、くしゃっと優しそうな笑顔に、私は一瞬で恋に落ちたのだ。

それからさりげなく彼を視線で追う日々が続いていた。彼の名前はトキワ君。隣のクラスなので、廊下ですれ違うことはあっても、学校生活での接点は少ない。クラス合同の授業や、全校集会の移動時、トキワ君が男友達と楽しそうに話ながら通り過ぎていく姿を、遠くから見てるだけでも、私は嬉しかった。

「せっかくなんだから、一緒に記念写真を撮ったら?」
そう背中を押してくれたのは、同じクラスの友達だった。高校生活もだいぶ慣れてきた五月の晴れた日、学校行事の球技大会が開催された。クラス対抗で行われる大会で、先輩後輩関係なく球技の真剣勝負で汗を流すという建前よりは、生徒同士の親睦を深める娯楽としての方が、本来の目的のようだった。
体育館裏の水飲み場で、顔を洗っているトキワ君を見つけた。運がいいことに、周りに誰もいなく、彼一人きりだ。
「あ……あの……」
私は勇気を出して、彼の背中に声を掛けた。
「一緒に写真を撮ってもいいかな?」
彼は驚いたような顔で、私を見ていた。首に掛けたタオルで、揺れた顔を拭う。
「いいけど……俺でいいの?」
私は大きく頷いた。その後は緊張で彼と何を喋ったかは全く思い出せなかった。友達に頼み、スマホで写真を撮ってもらった。優しい笑顔のトキワ君とぎこちない笑顔の私、微妙に空いた二人の距離。いい写真とは言えなかったけれど、その写真は私の宝物になった。

「あぁ、やっぱり本格的に降ってきちゃったなぁ」
私は恨めしげに空を見上げた。放課後、今日は日直だったので、教室に一人残って、学級日誌を書いていた。重い雲が掛った空は今にも泣きだしそうで、パラパラと降り始めた雨は、あっという間に土砂降りになってしまった。
傘を持っていなかった。ゲリラ豪雨みたいだし、少し待てばその内、止むだろうと諦めて、私は下駄箱に寄りかかって、ぼんやりと外を眺めていた。
「これ、使って」
不意に後ろからビニール傘が差し出された。振り返るとそこには、トキワ君が立っていた。
「でも……これ、トキワ君の……」
「いいんだ俺は。家近いし。ビニ傘だし、返さなくていいから」
ぶっきらぼうに言い放つと、彼は雨の中を走り去っていった。私は彼から受け取った傘を握りしめ、ずぶ濡れの後姿を見つめていた。トキワ君、優しい。大好き。きゅうううんと胸のが締め付けられるような、むず痒い気持ち。私の片想いはピークを迎えていた。

「君のこと、ずっといいなって思ってて。良かったら付き合ってもらえないかな?」
橙色の夕陽が差し込む誰もいない放課後の教室で、私はトキワ君から告白された。夏休みを数日後に控えた蒸し暑い午後だった。トキワくんの顔が橙に染まっている。教室に二人の影が伸びていた。
私達はついに両想いになれたのだ。気づけばトキワくんに恋をして三か月が過ぎていた。私は高鳴る鼓動を落ち着かせるために、大きく深呼吸をした。潤んだ瞳をこちらに向け、私の答えを緊張しながら待っている彼に呟いた。
「……ごめんね。私、トキワくんのことはもう好きじゃないの。好きって言ってくれて嬉しかった。ありがとう」
とびっきりの笑顔で返すと、トキワくんはポカンと虚を突かれた顔をして佇んでいた。
「じゃあね、バイバイ」
私は踵を返すと教室を後にした。呆然と立ち尽くすトキワ君を残して。

片想いは楽しい。学校祭の準備期間みたいに、本番に向けてのドキドキの積み重ねがたまらなく好きなの。いざ本番を迎えると、なんだこんな感じかって、期待が一気に冷める。恋愛も私にとってそんなものだ。
「すみません、ボール、取ってもらえますか?」
足元に転がってきた野球ボールを思い切り投げ返すと、パシンとの良い音を立てて、グローブに白い球が収まった。
「ナイスピッチング」
泥だらけのユニフォームに、小麦色に焼けた肌に映える真っ白な歯。こちらに向けた子供っぽい笑顔に、とくんと胸が高鳴る。

ほら、この瞬間に、私はまた恋に落ちる。


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