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三明治さん

性別 男性
将来の夢 もう将来はありません。
座右の銘 情けは人の為ならず。

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2018年の夏休み。

18/08/09 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:0件 三明治 閲覧数:156

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 「九回裏ツーアウト、ランナーなし、もう後がない。とにかく塁に出たい場面。さあ、フルカウントです。投げた、バッター打った、が、これは弱いゴロです。ショート真っ正面、がっちり捕ってファーストへ。バッター、ヘッドスライディングするも、アウト。ゲームセット。試合終了、○○学院二回戦進出です。△△高校惜しくも敗退っ」
 
 家族持ちの皆さんに、お盆休みのど真ん中を譲り、あたしは少し早めに帰省していた。
 実家で何をするでもなく、二十年ぶりに甲子園出場を果たした母校の一回戦負けをリアルタイムで観ているわけだ。結果は残念だけど後輩諸君、よく頑張ったね。
 OLになって早五年。今年こそは涼しくなったら休みを取り、御朱印帳を片手に、のんびりパワースポット巡りをしたいと思ったけれど、新人の女の子が海外旅行の予定を入れてしまったとかで、みんなの前で半泣きになったものだから、あたしは休暇のシフトを譲る羽目になった。
 腹立たしいのは男どもが、あのウソ泣きにあっさり欺かれたことで、課長の「男は女の涙に弱いんだよ」って、モロ昭和なセリフにも鳥肌が立った。両肩持ってブンブンゆすってやりたい。世間では、なんでも<女子>なんて言葉でくくっているけど、みんな同じじゃない。一歳でも若いほうがとにかく勝ちなのだ。あたしは、すでに四点差がついてるから、もう暑い中ヘッドスライディングはできない。
 せまい茶の間にそぐわない大画面薄型液晶テレビは、高校野球の中継からニュースに切替わり<命にかかわる危険な暑さ>を盛んにアピールしている。
「あー、休みといっても外出もままならないのか、夏よ、恨むぞ」ひとりごちて、テレビを消した。
 トン、トン、トンとリズムをつけて階段を上り、茶の間から自室にもどる。エアコンをつけると微かなモーター音が思った以上に響く、がらんとした部屋。もともとモノを持たない主義だったし、上京するとき、断捨離(笑)したので、デスクとベッドしかない。あたしは、自室を秘かに<アトリエ>と呼んでいた。無論、誰もそんなこと知らない。「アトリエ女子、アトリエ女子」と、わざと口にだしながら、押し入れからイーゼルとキャンバスを引っ張りだす。部屋の真ん中に立てれば、そこは六畳の、あたしだけのアトリエ。
――あきら先輩、今年も帰ってきましたよ。
 キャンバスの中の先輩は、ベッドに寝ころんだあたしに微笑みかけてくれる。
 ゆっくりと目を閉じて、高校時代の美術室に意識を飛ばす……。
 
 高校生のあたしは、デッサンのために向き合っていたヘルメスの石膏像から目を離し、開け放たれた窓へと顔を向ける。初夏のさわやかな風がカーテンを緩やかに揺らして、あたしの横をすり抜けていく。真剣な様子の、周りの部員の邪魔にならないように小さく深呼吸をしてみる。
 視線の先、校庭のフェンスに並んで立っている広葉樹の木陰で、輪になって音階練習するブラバンの金管の音が聞こえてくる。野球部の金属バットが出す鋭い打球音。ブルペンでは、ミットが球を受けるときに出す、皮の心地よい響き。サッカー部の大きな声。陸上部のスタート合図の笛の音。弓道場に向かう和装姿の同級生。凛とした空気が、まるで彼女の体から立ち昇るのが見えるようだ。あたしは、そんな姿をぼんやりと眺めていた。
「おい、千絵。キャンバス真っ白だぞ」
 顧問のあきれたような声が部室の静寂を破り、くすくす笑いが周りで起きる。慌てて窓から視線を外し、キャンバスに向かう。ヘルメス越しには、そんなあたしを見て微笑む、あきら先輩……。

 目を開けると、あきら先輩が六畳間にいた。あの時と同じく、優しそうな瞳のまま。もちろんキャンバスの中にだけど。
「あたし、もうアラサーですよ」
 あきら先輩は素描のまま、あたしの愚痴には答えてはくれない。
 帰省の度に絵筆を持ったけれど、先輩にふさわしい色を作ることができなかった。パレットの上で、毎年、できそこないの色と思い出が重なり固まっていった。結局、あたしは色をつけることを諦めた。あきら先輩は、白いままでいいと思うようになった。
 ベッドから体を起こし、エアコンが効きすぎた部屋の窓を開けると、むっとする風が吹き込んできて、あたしは一気に現代に戻ってきたような気がし、嫌な気持ちになった。
 きっと来年も、その次の年も、ひょっとするとだけど、アラフォーになっても同じようにこのアトリエで、あきら先輩に話しかけるているような気がする。それ、ちょっとホラーだよと、自分にツッコむ。さあ、そろそろ、イーゼルとキャンバスを片付けて、今年の儀式を終わらせよう。
 キャンバスをじっと正面から見つめた。
 あきら先輩は来年も、セミロングの髪とセーラーのリボンを初夏の風に揺らしながら、あたしに微笑みかけてくれるに違いない。
 何色にも染まらない白いままで。


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