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クナリさん

小説が出版されました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より発売中です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211 twitterアカウント:@sawanokurakunar

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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俺の家には、俺の合格を喜んでくれる人がいません。

18/07/27 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:674

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 霜の降りた二月五日。
 飯田コウキは、二年間通っていた塾に、中学入試の結果を伝えに来ていた。
「こんちは」
 カウンターの前で、無愛想にコウキが言った。
 ちょうど、数学を担当していた土谷講師と、坂井という事務担当者がそこに居合わせた。
「どうだった?」
 土谷が聞いた。この二人は特にコウキとは打ち解けており、あまり社交的ではないコウキも比較的笑顔を見せやすい。年齢差から、知らない人が見れば、ちょうどコウキの両親だと見られるのではないかという程度には、仲が良かった。
 コウキの第一志望校は、成績から考えると容易に受かるとは思われない。大人二人は固唾を飲んだ。
「その前にさ。ここって塾じゃないすか」
「そうだな」
「生徒落ちると、評判的にまずいわけじゃないすか」
「そんなことは気にせんでいいけど」
 土谷は苦笑したが、コウキは真顔でいる。これは落ちたかな、と土谷も坂井も思った。
「でもさ、それと無関係にですよ。先生たちの目の前にいる子供、たとえば俺が、一生懸命に勉強してる姿は可愛いわけじゃん」
「もちろん」と坂井。
「その俺が第一志望に受かったら、仕事じゃなくて私情として、やっぱり嬉しいもんですよね」
「当然だろ」と土谷。
 坂井も深くうなずく。
 コウキは腕組みし、うんうんと首を縦に振った。そして、
「分かってましたよ、俺は。それに受かってました、合格でした。あとこれ、お二人で読んでください」
 喜びを爆発させようとする大人二人に、四つ折りにしたルーズリーフを渡し、コウキは帰っていった。
 その様子は気になったものの、土谷と坂井は、コウキの殊勲に飛び上がらんばかりに喜んだ。
「僕は信じてたよ! 数学あんなに苦手だったのに、コツつかんでからはよくあそこまで持っていったよ」
「言葉少なでぶっきらぼうでしたけど、真面目な子でしたよね。ああ、本当に良かった」
 ひとしきりコウキを讃えてから、ようやく二人は紙片が気になり、開いてみた。
 そこには鉛筆書きで、男子にしては几帳面な字が並んでいた。



 土谷先生、俺の嫌いな数学を丁寧に教えてくれてありがとうございました。
 坂井さん、ノートの取り方や予習の仕方を教えてくれて、ありがとうございました。
 俺が受かったのは二人のお陰です。
 俺は今日、二人に変なことを聞いたと思います。
 でもそれは、俺がどうしても聞かなくちゃならないことでした。
 答は分かっています。こう答えてくれるだろうな、って確信してます。でも、どうしても言葉で聞きたかった。

 俺の家には、俺の合格を喜んでくれる人がいません。
 そんなわけないだろ、って学校の先生には言われました。でもそうなんです。
 俺を塾に入れたのは母さんでした。でもそれは、受験させてみたいからさせただけで、俺の人生のためではありません。
 俺は合格したらどうなるの、何になるの、と聞いたら、ポカンとされました。
 きっと不合格になるよりはいいことがあると思うんですが、俺の母さんは、そんなものには興味がないんです。
 合格を喜んではくれるでしょう。でもそれは、俺が母さんに感じてほしい喜びとは違うものなんです。
 父は俺たちを養うのに精一杯働いていて、俺の受験どころじゃありません。塾の学費を聞いて、俺は気が遠くなりました。その上で俺の受験にも興味を持ってくれなんて、俺には言えない。
 俺は両親を恨むつもりはありませんし、特別ひどい親だとも思いません。
 でも俺は、俺が頑張っていることを、それで母さんが決めた目標に近づいていることを、親に喜んで欲しかった。

 先生たちは、俺が模試で五点や十点上がる度に、本当に喜んでくれました。帰り際に坂井さんが誉めてくれるのも嬉しかった。
 次もいい点取れるか分からないですよって言っても、今日いい点がとれたことを認めてくれた。
 それがなければ、きっと俺は頑張れませんでした。
 自分のためになんて俺は頑張れない。
 俺が受かれば、少なくとも土谷先生と坂井さんだけは喜んでくれると思った。
 この手紙を渡しているということは、それが俺のうぬぼれではなかったということです。
 俺は二人の、「受かりました」って言われたときの顔を見るために勉強してました。

 俺は不幸な子供ではありません。
 ただ、親にはずっと片思い中です。
 俺のことは大事には思ってくれてるはずです。でもそれは、俺が欲しい形じゃない。
 クラスで最近、よくそんな話になります。男子と女子で、仲がいいやつらがいる。でも片方は友達として、もう片方は付き合いたいって思ってる。
「そうじゃない、欲しいのはそれじゃない」って思いを皆してる。
 でも、お二人は、俺の欲しかったものをくれました。
 お陰で合格できました。

 中学の数学、楽しみです。


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このストーリーに関するコメント

18/07/27 クナリ

子から親への片想いというのを、このテーマで投稿するのはいいのだろうか……と思いつつ、どうにも今書きたくて書きました。。。

18/08/01 緋糸モドキ

思春期ならではの不安感が繊細に描写されてて良かったです。
親が子を想っている事が子に伝わらない時もあるし、片思いって相手の愛を感じられない事を言うんだと思いました。

18/08/03 クナリ

ウロニムさん>
年齢の低い主人公というのは何かの行動をしたり思考をしたりと言ったことがさせづらいことが多く、今回は珍しく男児でしたが、そのぶん感情を吐き出してもらいました。
片想いって、両思いでも片想いになりうるなあ……なんて想いながら。
コメント、ありがとうございました!

18/08/19 路地裏

どれだけ仲の良い家族も友人も恋人も、皆両想いのようで片想いなのかもしれないですね。本当の意味での両想いって、きっとごく僅かな奇跡みたいなものなのかもしれないなと思いました。
主人公が親と両想いになれる日は、もしかしたら来ないかもしれない。諦めを知って大人になるのかもしれない。それでも先生との両想いを確信出来た事は彼の一生の財産になるのではないかと思いました。この作品、好きです。

18/08/24 クナリ

路地裏さん>
思いが通じ合うというのは、家族とか恋人とかいう条件を満たせば当然に達せられるものではないのだろうな、と思います。
思いがけないことや想定と違っていたこと、様々な行き違いの中で、いつどんな人と出会うかは、時に人生と人格を左右するほど大切なものではないかと。
今回は幸運な出会いのひとつを書きました。
コメント、まことにありがとうございます!

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