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奏鳴曲さん

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forget-me-not

18/07/24 コンテスト(テーマ):第159回 時空モノガタリ文学賞 【 片想い 】 コメント:0件 奏鳴曲 閲覧数:594

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「ほしいもの?時計かな」
 聞かれて、私はできるだけふわりと答えた。
「時計って、腕時計?」
「ううん、掛け時計」
 へえ、と彼女が目を軽く見開いた。確かに、こういう時に掛け時計を欲しがる人はあまりいないだろうな、と思う。
「なんかね、うちの古い時計が壊れちゃったの。部品が一個取れちゃったみたいで、振るとカラカラ鳴るんだ」
 午後の鮮烈な光が、彼女の顔を白く縁取っている。その奥で揺れる木々は、忙しなく翡翠色の影を撒き散らしていた。
「そうなんだ!意外だな」
「そう?でも実用的でしょ」
「そうだね、うん。聞いてよかった」
 図書館に併設されたカフェは、オープンしたてにもかかわらず、閑散としていた。それがかえって都合よく空気を澄んで感じさせる。簡単なレシピのアイスティーは、もうだいぶ前に氷水になっていた。
「ネリはさ、何か欲しいものない?」
 流れで聞いてみる。
「私は別に、誕生日はまだ先だし」
「私の誕生日も、そんなに近くないよ。聞くだけ」
 彼女は、ふと瞳を逡巡させた。
「大賞、かな。そうしたら、海外留学できるの」
 微笑みが、口元に貼りついてくるのがわかった。
「ふ、何それ。プレゼントできないじゃん」
「わかってるよ!言っただけ。ペルだって、聞くだけって言ったじゃん」
 あ、と彼女は綺麗な歯列を見せて、悪戯っぽく笑った。
「彼氏は欲しいかも」
「ああ、そうね」
 聞き流しながら、私は彼女の持っている籐の鞄を見つめていた。なかなか質のいいものだ。何が入っているんだろう。いつも持ち歩くというデッサンノートか。はたまたさっき借りていた文庫本か。
「ペルの目の色、なんていう色なんだろうね」
 はっとして見ると、彼女がじっとこちらを覗き込んでいたのに気が付いた。
「急にどうしたの?」
「青とか、水色?なんとなく日本語の名前って感じ」
「調べてくれるの?」
「うん、気になってきた!調べて、今度また教えるね」

 別れのあいさつの後、彼女は籐の鞄からケータイを取り出した。

 玄関の呼び鈴が鳴った。見ると、小包を抱えた宅急便のお兄さんが立っている。ゆったりとした格好のまま扉をあけ、判子を押す欄を探した。ん?この字のくせは。よく見ると、差出人の欄に、見るのは実に一年ぶりになるだろうか、懐かしい名前が書いてある。休日の朝、眠気はすっ飛んでいってしまった。
 小包を開くと、梱包材に包まれた大小二つの品物が入っていた。その上には、小さなメモが乗っている。
「遅くなってごめんね。Ich liebe dich! ネリ」
 少し凪いだ心で、小さいほうの梱包を解く。硬いガラス瓶が見え、中に入っているものが見えた。
 途端。ガラス瓶から見えない手が伸びて、盲いた目に絵筆を突き立てた。視界がごりごりと、美しい青で塗りこめられていく。ああ、息の根を握り潰すような、この色の名前は何だ。
 リビングの姿見の中の自分と目が合った。瓶の中のプリザーブドフラワーと双眸以外、世界は灰色の砂嵐だ。
「白群青」
 小さなかわいらしい花たちは、瓶の中でカラカラと涼やかな音を立てた。同じ色の両眼から零れた、そのしずくに色はない。
「白群青」
 もう一度呟いて、私はうっかりガラス瓶を取り落とした。

 もう片方の包みから出てきたのは、素晴らしいアンティーク調の掛け時計だった。木彫りの重たい體を裏返してみると、無機質な電池入れが目に映った。無心に時刻を合わせ、古い時計をテーブルに下ろす。からり、と時計の中で、何かが落ちる音がした。釘に新しい時計を引っ掛け、重みが手から離れる。と、熱い熱い血のようなマグマが、胸骨のあたりから湧いて出てきた。
 取り換えなんて、効かないんだよ。
 言葉は掠れて、心中で思ったのか、声に出したのか、それはどうでもいいことだった。


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