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木野 道々草さん

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もう言い訳はしない

18/07/23 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 木野 道々草 閲覧数:179

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 娘のバレエのレッスンが終わる頃、僕は読んでいた海外小説の本編を読み終え、訳者あとがきを読んでいた。娘はまだ五歳なので一人でレッスンに通わせるわけにはいかず、土曜日の午後はいつもバレエスタジオの下の階の喫茶店に入り、コーヒーを二つ注文して本を読みながら待機した。

 作品の解説が主な内容のそのあとがきは数ページ足らずで、すぐに読み終えた。次のページには何もないはずだが一応めくると、訳者の略歴が書かれたページがあり、見覚えのある大学名に目が入った。訳者は、僕が卒業した大学の元教授だった。そこから当時の記憶が蘇り、学生時代に一度だけ書いた小説のことを思い出した。

 その小説は、主人公の青年が同じ大学に通う女子学生に恋をして葛藤する話だった。彼女は主人公の気持ちを知らないまま、彼の親友と交際を始める。主人公は、親友を裏切りたくないので彼女のことを諦めようとするが、気持ちを抑えれば抑えるほど不思議な幻覚を見るようになり、ついには親友が死ぬ夢を見てしまう。そして実際に、彼の親友は夢の通りに命を落とす。あんな夢を自分が見たからだと、主人公は不要な罪悪感に悩まされる。その後主人公は、彼女のお腹に親友との間にできた子供がいるのを知ると、彼女にその選択肢があるなら、自分が養父になるので産むことを考えてほしいと頼む――

 小説の内容を思い出した後、ビスコッティを二杯目のコーヒーに浸して一口食べた。もう一度浸し、もう一口食べ、また浸し、また食べ、食べきってしまうと、ようやく自分自身を納得させられる言い訳を見つけた。僕は自分に囁いた。

(二十歳の時に書いた小説だ。十年も前だ。主人公と彼女がその後どうなったか、子供は生まれたか、その子がどのように育ったか、そこまで書くだけの人生経験と想像力がなかった)

 十年後の僕は、それでは物語がああなってあそこで終わっても仕方ないと納得した。

 娘を迎えに行った方がよい時間になっていたので、店主の手が空いたタイミングを見計らいレジに行った。
「今日も娘さんは上の階で」と気さくな店主が話しかけてきた。
「ええ、これから迎えに行きます。あとこれを」レジ横に置かれた商品バスケットから、ビスコッティを二つ取った。
「気に入った?」
「小さい子でも食べられますかね」
「固いから飲み物によく浸したり、あとはアイスクリームにつけて食べたりすれば大丈夫じゃないかな」
「アイスクリームでもいいんですね」
「うん、試してみて」

 店を出て一人になると、僕はもう一度自分に囁いた。

(でもなぜ小説を書いたんだ)
 
 記憶を巡ると、思い当たることがある。当時、親友だったエヤマに付き合っていた彼女との子供ができ、僕は何度か金を貸してほしいと頼まれ、その都度バイト代や貯金から数万円を渡した。世間では学生の二人に厳しく当たる人もいるかもしれないし、せめて自分は二人の理解者の一人であることを態度で示したかった。それに出産には費用がかかるので、できるだけの協力をしたいと思った。ところがその後しばらくして、エヤマから彼女の話題が話されなくなり、二人が別れたのを知った。結局、子供は生まれてこなかった。
 おそらく僕は、生まれてこなかったその子に供養の気持ちがあったからあの小説を書いたと思う。素人の書くものだから居心地は悪いだろうが、せめて小説の世界ではあの子に生まれてきてほしいと願ったと思う。僕の拙い文章はそんな小さな希望を胚胎して、誰の目にも触れないノートの中で、日ごとに小説としての姿に成長していったに違いない。
 十年後の僕は、その小説を読んでみたいと思った。

 娘を迎えに行くと、「パパ遅い」と不機嫌だった。しかし僕は、娘の機嫌を取る余裕がないほど急いでいた。娘の小言を無視して車を走らせた。
 家に戻ると自室にこもり、段ボール箱を取り出した。その箱には学生時代の講義ノートなどが入っていて、おそらく小説を書いたノートもあるはずだった。箱を見ると、やはりノートがあった。
 十年ぶりにそのノートを開き、自作の小説を読み直した。が、最後まで読む前にノートを閉じた。書かれていた内容は、自分の記憶とは大きく違った。そこには希望がなく、主人公の独白を介した僕自身のエヤマと彼女への批判だけだった。倫理や責任という言葉を使い、その批判の論調は、インターネットで見かける心無い書き込みとさして変わりなかった。
 本当に最後までそんな内容なのかと気になり、もう一度ノートを開いた。最後のページには、「完」と書かれる代わりに、「エヤマ金返せ」と殴り書きされていた。僕は静かにノートを閉じた。

 もう言い訳はしない。ただ、その小説をなかったことにする。一ページずつ細かく破り、全て捨ててしまうことにした。それが唯一、自分自身を納得させられる方法だった。


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