飛鳥かおりさん

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18/07/23 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 飛鳥かおり 閲覧数:688

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 デビュー時から追い続けている作家がいる。彼女の著書はどれも報われない主人公が苦境を生き抜く話であり、ラストもハッピーエンドとはほど遠いのだが、返ってそれが現実味を帯びている。俺は主人公に共感し、時には笑い、時には涙を流した。彼女の一年ぶりの最新作が刊行されるということで、俺は発売日に本屋に走った。
 平積みの一番上の一冊を手にとり、パラパラとめくる。いつものように細かい章立て。後ろの方までいくと、俺はいつもと違うものを見つけた。一番最後に「あとがき」という項目があったのである。
──デビューしてあっという間に十年になりました。お気づきの方もいるかと思いますが、私の書く物語はどれも恵まれない環境下でも世の中を強く生き抜く男性を描いています。実は、これらはすべて私が一生忘れることのできないある少年を思いながら綴っているのであります──
 俺は本文を読む前に、あとがきの続きを目で追った。



「おい、いたぞ」
「衰弱してる。早く病院へ運ばなければ」
 少年が見つかったとき室内は三十度を超え、サウナのように熱気が充満していた。部屋の壁に寄りかかる少年の意識は混濁していて、一人で起き上がることもできなかった。栄養失調を起こしており、皮膚から浮き上がった骨格が彼の苦しみを代弁していた。
 母親は数日前に失踪していた。その前からもろくな食事は与えられておらず、いわゆるネグレクトである。小学校は夏休み期間だが、学校からの連絡網の電話が繋がらず、担任が何度かけ直しても、さらに家まで訪問しても連絡がつかなかったことで、とうとう警察が調べに来たのであった。
 病院に運ばれた少年は徐々に体調を回復し、離婚していた父親に引き取られた。以来、父の愛を受けて生きる中で、少年はそれまでの環境がいかに劣悪であったのかを知るのである──



──後悔ばかりの人生でした。彼はとうに少年ではないですが、私の中ではいつまでも少年の姿のままです。いまとなっては会うことも叶いません。彼はどうやって生きているだろうかと想像して、強く生き抜いていることを願って、私は物語を綴ります。きっと、これからも──
 あとがきはそう締めくくられていた。たった数ページを読んでは戻り、読んではまたはじめから。何往復したことだろう。嫌な汗が全身から噴き出していた。
「お客さま……?」
 はっと我に返ると、若い書店員が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。俺は強く握り過ぎて表紙の歪んだ手元の本を一瞥する。
「これ、買います」
 俺は書店員に会釈してからレジで本を購入した。
 こんなもの破って捨ててしまいたい。
 本のあとがきには、俺を同じような境遇の少年について書かれていた。育児放棄して逃げ出したときにはすでに重度のうつ病だったこと。療養してから息子に会いに行ったら父親に追い返されたこと。後悔して生きてきたこと。そんなことが綴られていた。
 知ったこっちゃない。彼女も俺の母親も、捨てられた子どものことなど考えてはいない。ただ大衆を前に懺悔することで罪の意識から解放されたいだけだ。
──そんなことが許されてたまるか。
 俺は初めてファンレターを書いた。自分が似たような境遇であること。可能ならば会って被害者の気持ちを訴えたいこと。ダメもとで書いたその手紙に返事が来たのは、二週間後のことだった。

 待ち合わせ場所へ着いたのは、約束の30分前であった。周囲の人に怪しまれないよう、俺は鞄に入れてきた刃物を手探りで確認した。
 噴水のある駅前広場。子ども達がはしゃいでいる。あの日の俺くらいの歳だろうか。あの日のような溽暑の中、俺は初めて会うはずの女性の姿を探した。
 彼女が現れたのは、15分ほど待ったころであった。行き交う人の群れの中に、俺の目はこちらへ向かう彼女を捉えた。
 目印などいらない。別段、驚きはしなかった。手紙の返事が来た時点で薄々気づいてはいた。だからこそ、このサバイバルナイフを持ってきたのだ。
 女性は洒落っ気のない化粧と服装で、やや俯いて歩いていた。以前の振袖のように揺れる二の腕も、丸太のように太い腿も、まるで跡形もなくなっていた。それでも、見間違うはずがなかった。
「母さん……」
 恨んでいた。この二十年、一度も許したことはない。ずっと、次に会ったら殺してやりたいと思っていた。
 それなのに。
 頬も痩せこけ変わり果てた母親を目にした瞬間、涙が溢れてきた。胸が詰まり、呼吸が苦しくなる。口を開いたら吐いてしまいそうだ。
 そして彼女も、俺とそっくりな顔をして涙を流していた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 謝ってほしかったわけじゃない。そして、本当は殺したかったわけでもないのだ。
 俺はただ、愛してほしかった。
 拳に力が入る。鞄に突っ込んだままの右掌に、鋭い痛みが走った。


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