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宮下 倖さん

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兄の一計

18/07/23 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:3件 宮下 倖 閲覧数:345

時空モノガタリからの選評

哀しみから立ちあがるために必要なのは、代わりに情熱を注げる何かを見つけることなのかもしれません。平沢の残した「あとがき」の中には、作家らしいユーモアと、妹を思うやさしさが詰まっていると思います。香澄と金井の関係がこれからどうなるのかも気になるところですね。

時空モノガタリK

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 平沢の妹が訪ねてきたのは、あいつの四十九日が過ぎていくらか経ったころだった。
 大きな茶封筒を大事そうに胸に抱き、背筋を伸ばして俺の前に座っている。意志の強そうな澄んだ瞳に力が戻っているのを見て、俺はひどく安堵した。
「金井さん、兄の書斎からたいへんなものを見つけたんです。それを見ていただきたくて」
 そう言ってもどかしそうに封筒の中に手を入れる彼女に俺は苦笑した。
「香澄ちゃん、落ちついて」
「落ちついていられません! 兄の未発表の原稿があるかもしれないんですよ!」
 平沢悠太郎は作家であった。若くしていくつもの受賞歴をもち実力派と呼ばれた。
 そのときことごとく次席だった金井孝也というのが俺で、平沢とは腐れ縁のような交流が続いていた。
 両親を早くに亡くし妹とふたり暮らしだということで、自然に香澄とも懇意になった。
 やがて平沢が病を得て入院、余命を宣告された。兄妹ふたりきりの闘病を俺も支えたかったのだが、ただ傍にいただけでたいした役には立たなかったかもしれない。
 平沢が旅立ってのち、香澄はすっかり消沈し見ていられないほどの憔悴ぶりだった。しかし今日はしゃんとした様子で俺の前に座り、やや興奮しているようで頬が上気している。
「平沢の未発表原稿だって?」
「そうなんです! あ、いえ……作品そのものはまだ見つけてないんですが、これを見てください」
 そう言って封筒の中から取り出されたのは「あとがき」と題された数枚の原稿だった。
 香澄は目を輝かせてそれを並べていく。
「あとがきがきちんと完成されているということは、作品本体も絶対にあるはずなんです。だって、本文がないのにあとがきだけ書くなんて変でしょう? だから絶対、平沢悠太郎の作品がまだあるんです!」
 平沢のたったひとりの妹でありいちばんのファンだと胸を張る香澄は、並べた原稿の文章を指さしながら声を弾ませた。
「ここに“松浦悟と山名陽平の出会いは”と書かれてます。これは薬莢シリーズの松浦警部補と、足音シリーズの山名探偵のことですよね。別シリーズの主人公が邂逅するという、手垢がつくほどの鉄板設定を兄が取り入れるなんてすごいと思いませんか? あの天邪鬼の兄がですよ? ……この原稿どこにあるんでしょう。金井さん、兄から何か聞いてませんか?」
 香澄が縋るような目をこちらに向ける。俺は腕を組み、しばらく間をあけてから「そういえば」と切り出した。
「いつだったか、大きな構想があると言っていたような覚えがあるね。その後進捗がどうとか、完成したとかいう話はなかったけれど、あとがきがあるのだからどこかに原稿はあるんだと思う。天邪鬼で悪戯好きな平沢のことだ。見つけられるものなら見つけてみろ、くらいの勢いで隠してある可能性もあるんじゃないかな」
「たしかに入院しているあいだもずっと何か書いていたんです。私にはぜったい見せてくれなくて……あれがそうだったのかも」
 香澄は大きな瞳をくるりと動かした。そして生き生きとした表情でまっすぐに俺を見る。
「金井さんお願いです。一緒に兄の原稿を探してくれませんか? 発表するかどうかはさておき、まず読みたいと思いませんか? あんなおもしろいあとがきを見せられて本編を我慢するなんてできません!」
 ああ平沢。おまえは本当にすごいやつだ。香澄はちゃんと元気を取り戻したよ。
 ――金井、頼みがある。たぶん、もう俺に残された時間は少ない。そうなると香澄のことが心配だ。きっと恐ろしく落ち込むと思う。だから、香澄が元気を取り戻せるようひとつ仕掛けをしておいた。キーワードは“あとがき”だ。あとがきのことで香澄がおまえを頼ってきたら、どうか話を聞いてやってほしい。
 なるほど、あとがきを遺し未発表作品があるかもしれないと思わせることで生きる気力を与えるという平沢の考えは功を奏したようだ。抜け殻のようになっていた香澄が元の溌剌さを取り戻している。
 そうなると、このあとがきを引き出した本編は本当にあるのかというところだが、俺はあると思っている。ここまで考えた平沢が何も残していないはずがない。そしてその在り処のヒントは、あの“あとがき”の中にあるに違いない。
 平沢悠太郎のファンとして、友人として、それを探すのはひどく魅力的なことだ。
 あいつがいなくなってからどうしても埋まらなかった心の穴を、少しは狭めることができるかもしれない。
「では、このうつくしい謎を解く扉を開けましょう」
 俺は山名探偵の決め台詞をゆっくりと口にする。
 香澄は泣き笑いの表情で大きくうなずいた。


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このストーリーに関するコメント

18/08/17 hayakawa

素晴らしい作品でした。

ああ平沢。おまえは本当にすごいやつだ。香澄はちゃんと元気を取り戻したよ。

ここが好きです。

18/08/27 宮下 倖

【早川さま】
「あとがき」という難しいテーマに悩んで悩んで作り上げた作品なので、本文の一節を気に入っていただけてとても嬉しいです。
読んでいただき、またコメントもくださりありがとうございました!

18/09/06 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
平沢の妹への愛情、平沢と主人公の友情。優しくて温かいお話だと感じました。
もしかしたら、主人公と妹をくっつけようという意図も平沢にはあったのかも……?
面白かったです!

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