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みゆみゆさん

「芥川賞を目指して小説を書きたい」と友人に話したところ、まずは2000字をコツコツ書いていくといいよと、「時空モノガタリ」を紹介してもらいました。コツコツやってみます。

性別 女性
将来の夢 健康な一人暮らし
座右の銘 「人は人、自分は自分」

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あとがきに込めたメッセージ

18/07/23 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 みゆみゆ 閲覧数:208

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 彼女はあとがきを読むのが好きだった。小説の余韻に浸りながら、その作者さんとの会話を楽しむようで好きだと話していた。読者カードに、小説の内容よりあとがきについて書いていることもしばしばあった。そうやって小説家との会話を弾ませる彼女の様子を傍らで見ていられることが、あの頃の僕にとって最大の幸福だった。
 読む本のほとんどを図書館で借りてくる僕と違い、彼女は新刊の単行本を一年に何冊も買うことができた。彼女の家は裕福で、本棚のためだけの広い部屋まであった。けれど僕らが大学三年の夏に、彼女の家が裕福ではいられなくなる事態が突然起こった。何があったかを書くことはできない。でもとても深刻な状況で、一家はその豪邸を手放したうえ、彼女は大学を中退した。日常が百八十度変わっていく彼女を、恋人である僕が全力で守っていくつもりだった。親から仕送りを受ける学生の身分だったけれど、僕は僕なりに彼女を救いたいと、強く心に決めていた。ところが彼女が決めたことは、僕から離れることだった。
 小説家になりたい。十代の頃から漠然と抱いていた夢が、ランプから現れる魔人のようにムクムクと目の前に広がったのはその頃のことだ。
 彼女の悲しみに寄り添い、勇気づけ、少しでも笑ってもらえるような小説を書きたかったし、なにより、あとがきを書きたかった。彼女と会話をするために。
 もう本を買う経済的余裕が無いとはいえ、本を読むことは食事や睡眠と同じくらい、彼女の身体には必要不可欠なものだった。だから、本さえ出版できればいつか必ず手に取ってもらえるはずだと信じていた。それに、僕の井川幸図という名前は、付き合っていた頃に彼女が考えてくれたペンネームで、この名前を使うことが彼女に対するシグナルのつもりだった。
 そして皆さんご承知のように、上弦出版の方々や、僕の本を読んでくれた読者の方々のおかげで、このファンタジーな小説をシリーズ全七作まで刊行することができた。そして七回目のあとがきを、今こうして書いている。
 実は第一作のときから、毎回あとがきの書き出しには彼女へのシークレット・メッセージを入れていた。最終章を迎えた記念に改めて並べるとこうだ。

 第一作 このたびは
 第二作 ずいぶんと
 第三作 え、これって
 第四作 けっこう
 第五作 こんなにも
 第六作 しよう。心にそう決めてから

 孤独に首を締め上げられながら、六年もの年月をかけて作り続けてきた、彼女にしか伝わらないメッセージがある。

 「コズエ、ケッコンシヨウ」

 第一作が書店に並んだその日から、僕はずっと梢からの読者カードを心待ちにして過ごしてきた。とくに第三作のあとは期待が増していた。でも、第六作が売り出されて数か月が経っても、梢からの読者カードが届くことは無かった。ありがたいことにシリーズが続くにつれ発行部数は伸びたけれど、残酷な現実は、梢の姿を求めて彷徨う僕をいよいよ芯から握り締め、押し潰していった。この第七作を書いていた頃の僕は、洗濯機に入っていた紙クズ同然にボロボロで、とにかく泣いてばかりいた。それまではどんなに辛くても、黙々と文章に向かうことが出来ていたのにだ。こんなに分かりづらい、上に馬鹿が付くほどの悠長なプロポーズを、どうして続けてきたのだろうという後悔。憔悴しきった日々。
 だから驚いたのはほんの一瞬だった。あの懐かしい筆跡で、梢の名前と、「はい」とだけ書かれた読者カードを目にしたときには、泣くことも、喜ぶことすら出来なかった。崩れ落ちる身体じゅうに満ちていったあの安堵感を、僕は生涯忘れないだろう。
 世の中には、あとがきを楽しみに本を手にする人がどれくらいいるだろう。僕の六年越しのプロポーズはかなり特殊なものだったけれど、あとがきには多かれ少なかれ、こっそりとメッセージが忍ばせてあるのではないだろうか。季節や、最近買った家電や、今ハマっている朝ごはんのメニューについて語られていたとしても、そのどこかに、誰かに宛てた、温もりを持つメッセージが込められているのかもしれない。
 あとがきは会話を楽しむようで好きだと言った梢の、本のページをめくる速度は今も変わらない。そしてあの時の、梢から届いた読者カードは今では我が家の宝物となっている。

                            平成三十年七月   新居にて


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