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志水孝敏さん

いろいろ書いています。 時空モノガタリ文学賞作品集書き下ろし含め掲載。小説現代ショートショートコンテスト・小説の虎の穴・Book Shortsなど入賞。 第1・2回ショートショート大賞最終選考、カクヨム(ちょっとだけ)ジャンル1位獲得。 Twitter→@shiz08

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遺書書き

18/07/23 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 志水孝敏 閲覧数:105

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 死んだ人のいいところは、たくさん部屋に集まっていても、暑苦しくないというところだ。
 いったいいま何人くらいいるのだろう。
 帰ってくると、挨拶もしてくれるし、生きている人間と違って、とても優しい人が多い。
 何か作ってくれようとしたり、あるいは踊りをおどっていたり、ときにはまったく違う姿に変わっていたりして、まるで飽きない。
 自分の、狭苦しいアパートには、ろくに風も吹きこまず、皮膚病にかかったような壁紙には黒い筋が無数に走っていても、これでよかったのだろうと思える。
 もともと遺書を書くのが好きだった。
 若い人のも、年老いた人のも。
 お悔やみ欄で名前を見つけると、まずはお葬式に行き、周りの友人と知り合って、調査をくりかえし、場合によっては同じ服を探して買って、それから書き始める。
 家族、友人たちへの感謝、仕事場の人たちへのメッセージ、最初はそうしたものだったのだが、次第におかしなことになってきた。
 恨み言や怒りだけでない、わたしの知らないことまでが書けるようになって、そうして、あるときから家にくる死んだ人がぐっと増えてきた。
 けれども、それだけではないのだ。
 いろいろなものが、自分のもとを訪れるようになってきた。
 川が自らの死を悟って、なにか書いてほしいとやってきたこともある。自分は長い笛を吹き、色とりどりの布を結びつけた棒で、そっと撫でて、川は、どこまでも流れていく風になって、喜んでくれたのかどうかは分からない。
 山もやってきたが、こちらからすれば死んでいるようには見えなかったのだが、山の考えは分からず、しかし、生きている人間だって、遺書を書いたっていいのだし、問題はないのだろう。
 大昔の竜は、星を見つめて涙を流して、そうしたセンチメンタルな? あるいは何らかの思い出なのか、それとも体内の塩分調節なのか、それでも勇壮な笛と、力強い言霊が彼女や彼らを慰める。
 そのころには、自分も半分くらい死んでいたのだが、ときおりはまだ生きていたから、町内の祭りなどに出かけて、たこ焼きやわたあめなどを買いもとめて、浴衣なども来て、涼んだ。
 夏の宵、あわく藍色に暮れて、どこまでもたなびいていく風の、またたくまの喜びとざわめき、子供に限らず、人間は一瞬のものなのだ。
 ここで、あそこで、この会場などは、生きている人間よりも死者の方が多く、だがそれは、最近気がついたのだが、普通のことで、我々は死者の物語の中に生きているのだ。
 蚊がやってきてくれて、少しうれしい気持ちにもなるが、かゆいものはかゆいので団扇で追い払う。大好きな死んだ子犬がはしゃいでいる。桜の木、夏の月、秋の大樹、冬の雪明りのなか、とくに人々は、死に近づいているのがよく分かるだろうか。
「いいですねえ、これは」
「そうですねえ」
 わたしの大好きなお爺さんと、にこにこ笑いながら会話を交わす。
 子供たちが懸命に走っていき、舞台は盛り上がり、露天商たちはやる気があるのかないのかわからない様子で声をかけている。
 そこにふと、とても大きな人、月よりも、遠くの星よりも高い人が声をかけてきた。
「失礼します」
「はい」
 なかった帽子をとって、丁寧にあいさつしてくれる。
「わたしね、もうすぐ終わるんですよ」
「そうなんですか」
 少しショックだったが、しょうがない。
「なので、終わりの言葉をね、書いてほしいんです」
「わかりました。お疲れ様でした」
「いやあ、疲れるってほどのことではね、なかったんですよ」
 わたしの観測で、それは形をとっているのだと分かったが、おそらく今回の世界の遺書は、まったく違ったものを書かなければならないだろう。
 何故なら、違う世界がそれを読むからだ。
 おそらくこの言葉ではダメで、なぜなら、この言葉はこの世界の、たかだか人間の作ったものにすぎないし、もちろんボディランゲージもダメなら、音やら触覚やらも無理で、自然に頼るということすらできない。すべてはこの世界のものだからだ。
 だからわたしは、言葉を壊し、色を煮出して、ゆっくりと空間に形を書いた。赤と青と紫と緑と、いや、人間が誰も見たことのない、人間の見られない色でできたそれらは、はたして他の世界たちに伝わったのだろうか?
 それはもしかしたら、あらゆる葬儀と同じように、残された者たちが心の整理のために行ったものだったのかもしれず、そうして自分も、それが自分の、初めて書く、自分自身の遺言だったことにも、今になって気がついたのである。


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