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リアルコバさん

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故郷の記憶

12/04/15 コンテスト(テーマ):第三回 時空モノガタリ文学賞【 端午の節句 】 コメント:0件 リアルコバ 閲覧数:3235

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真っ青に澄んだ空が、何処までも見渡せるベランダから、遠くスカイツリーが開業を待ちわびている。 私はキャラクターがプリントされた小さな蒲団を干して振り向いた。春の光で満たされ輝く部屋には、座布団に乗った我が子がすやすやと眠る。(幸せだ)そよ風の中、昨日主人が立てた真新しい、そして小さな小さな鯉のぼりの先の風車がカサカサと音をたてている。

 「何でなの?」 私は関東平野の北側の田園風景の中に生まれ育った。庭の中央にはまるでそこに生えているかの様に、一年中鯉のぼり用の太く高い竿が立っている。
 「なんであーちゃんは女なのに鯉のぼりがあるの?」そんな質問をしたのは幼稚園の頃だったろうか。
 「ほら真ん中の緋鯉があーちゃんだよ」 父は青空の中に泳ぐ大きな鯉のぼりを誇らしげに見つめて言った。
 
 数年後「もういいかい」「もういいよ」 私は虫干しにされた大きな鯉のぼりの中に隠れていた。 まだ小さな弟には絶対に見つからないと思う農具小屋の後ろの干し台の上で不思議な体験をしたのだ。
 「きゃっ」 「しっ、静かにしないと見つかっちゃうよ」 いつの間にか鯉のぼりの中に男の子がいたのである。
 「だ〜れ?」「 しっ、たー君が近くまで来てるよ」 弟の名前を知っていたその子は少しだけ困ったような顔をして、「僕はね・・・」 小さな声で何かを話したのだが覚えていない。
 「あーちゃん起きなさい」 母の声で起越された。 田植えの準備で汚れた手が、鯉のぼりの口を大きく開いて優しい笑顔が見えた時、私は大声で泣いた。
 「どうしたの?」 「あーちゃんみっ〜け、みっ〜け」 母の胸に顔を埋めてる間弟が何度も繰り返していた。
 翌日のよく晴れた朝、父が鯉のぼりを括りつけギシギシとロープを引いて、大きな鯉のぼりを青空に上げていく。まるで生き物のように風を腹に蓄えた鯉を、縁側で飽きることなく見ていると「でっけぇな」 いつの間にか彼は隣に座っていたのだった。

 翌年もよく翌年もその男の子は鯉のぼりの季節になるとやって来た。 不思議に怖くは無かったが、両親に聞いても 「夢でも見たんだっぺ、あーちゃんは何処でもコロンと寝ちまうかんな」 と笑われた。
 「あーちゃんはいいよな、みんなに可愛がられてさ、僕なんか・・・」 鯉のぼりを見つめた彼の顔が青空に透けて見えたような気がする。毎年出会う男の子は、私の秘密の友達になっていた。
 「来年は楽しみだね中学校」 「うんバスケ部いくんだ」 「そっか、僕は剣道やりたいな」 「剣道?」「うん、昔から剣道をするって決めてんだ」「あっ、うちのお父ちゃんも剣道で段持ってるって言ってたよ、教えて貰えば?」「うん」 鯉のぼりを見つめる彼の顔が、少しだけ寂しそうに思えたのは後からだったと思う。
 
 「あ〜ちゃんももう中学生になったから教えとくね」中一の春、鯉のぼりを納屋から出して虫干しにする作業中に、母がさりげなく声を掛けてきた。
 「あーちゃんはね、双子で生まれて来たんだよ」 少しだけ色褪せて尻尾が破れててきた大きな真鯉の腹に風が通った。
 「男の子でね、あーちゃんとそっくりで可愛かったんだ」鯉のぼりを台に洗濯ばさみで留めた。
 「二人してでっかい声で泣いてね、かぁちゃんのオッパイ取り合う様に吸ってね、でも兄ちゃんは一回だけだったかな、早く生まれちゃったから小さくてね、その日の夜、あーちゃんとすやすや寝てる時、隣で死んじゃったの」「えっ」 心がドクンと揺れた。「まだ名前も付けてなくてね、おばぁちゃんはなんで男の子の方がって怒ったけど私は、あーちゃんが元気に育ってくれてよかったなって」 緋鯉を干していく母の顔は複雑に、でもとても優しく笑っていた。
 「お兄ちゃんがいたの?」「そう双子のね、あんたが見たって云う男の子、お兄ちゃんかもね、かぁちゃんには見えないけど仕方ないね、あーちゃんの誕生日とお兄ちゃんの命日が一緒じゃ可愛そうだから、ずっと秘密にしようってしてたからね」弟が庭でお父ちゃんに剣道を習っていた。
 あれから仏壇の小さな位牌が兄である事を意識して手を合わせるようになり、あの男の子は二度と現れる事は無くなったのだ。

 「フギャ〜」我が子が目を覚まし、お腹がすいたとばかりに泣き叫ぶ。開け放ったベランダの窓から春の風が光となってそそぎ込み、無心で乳を吸う《春雄》の指が軟らかに胸に触れる。(お兄ちゃん ありがとう 私はこんなに幸せな母になりました)
 何処までも澄わたった青空に、男の子が微笑んだ気がする。「もうすぐだよ、でっかい鯉のぼりを見に行こうね」実家に頼んである古くて大きな鯉のぼりが、遠くに山を湛えた田園風景の中に、今年も泳いでいるはずである。


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