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いっきさん

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あとがきだけの物語

18/07/22 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 いっき 閲覧数:106

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「あとがきのない小説を読んで、あとがきを書いていってみない?」
 突如、由麻(ゆま)がそんなことを言った。
「えっ、それって、意味あるの?」
 その突拍子もない提案に、僕は眉をひそめた。
 だって、あとがきなんて、小説を書いたその人が読者へのメッセージを込めて書くものであって、読者自身が書くようなものではない。そんなことをしたところで、何の意味もなさそうなことだけれど……。
「だから。名作の作者になったつもりで書いているうちに、本当に名作の作者の考えになれるものかも知れないじゃない」
「そんなものかな?」
 僕はまだ、懐疑的な目を彼女に向けた。
「そうよ。だって最近のあなた、行き詰まってるでしょ」
 そう言われると、何も言うことができなかった。行き詰まってるのは確かだからだ。
 大学の文芸部で出会った僕と由麻。書くことが大好きで、将来は小説家になりたいと思っている僕と、読むのが大好きで特に僕の書く小説の大ファンだった由麻は、程なく付き合うこととなった。
 付き合い始めてから暫くは、僕は以前と同じように作品を書いていた。だけれども、どういう訳かこの頃行き詰まっていた。
 理由は分からない……でも、表現に文章、構成、その全てが全く進歩していないように思えた。一度そう思ってしまうと、新しい作品を生み出そうと思っても何も浮かんでこなくなって。作品を生み出せず……書けない日が続いていたのだ。

「あとがき……かぁ」
 僕はあとがきのない小説を前に呟いた。
「あとがきを書くためでなくても……僕はこれまで、小説を読んだことはあまりなかったかもなぁ」
 そう……僕は小説を書くのは好きだが、読むのはさほど好きじゃなかった。文芸部だった学生時代にも書くことがほとんどで、読了した本なんて数えるほどしかなかった。
「読んで……見るかな」
 僕はまず、有名作家Dの小説から読み始めた。
 すると……
「すごい……惹き込まれる!」
 その小説には僕にはないもの……表現から溢れ出すDの独特の感性、文章の美しさ……それがあり、僕は一気に読了した。そして、この作品を通じてDが読者に伝えたかったこと……Dの読者へのメッセージが僕の頭の中に明確に浮かんできたのだ。
「書ける……!」
 僕は書いた。その作品のあとがきを。Dは敢えてあとがきとして残さなかった、作品を通じて読者に伝えたかった想いを。それは、僕がこの薄っぺらな人生経験を元にしては、決して書けない想いだった。

 僕はその日から時間の許す限り、プロ・アマ問わず、あとがきのない作品を残した作家の小説を読んで、そのあとがきを書いた。
 作品を通してその作者が伝えたかったこと……それは読んだ途端に明確に頭の中に浮かんでくることもあれば、漠として掴み所のないこともあった。だけれども僕は、作品を読むことで作家特有の考え方、感性、想い……それらに触れることができて。僕は多くの作家の『あとがきだけの物語』を書くに至ったのだ。

 そんなある日。
「ねぇ。あとがき、もうかなり書けたんじゃない?」
 由麻が悪戯っぽい目をニッと猫のように細めて僕に問うた。
「あぁ、おかげさまで、かなりね」
 僕は良い意味の皮肉を込めて彼女に行った。
 すると彼女は、嬉しそうに白い歯を見せた。
「そっか、そっか。じゃあさ、そろそろ、オリジナルの作品を書きなよ」
「えっ?」
 僕が目を丸くして由麻の方を向くと、彼女はまた悪戯っぽく目を細めた。
「だってさ、もう……書けるでしょ」
 そんな彼女に僕は自然と苦笑いしてしまった。
「あぁ……そうだな」

 やっぱり由麻の方が一枚上手だった……どうやら彼女は、僕が行き詰まっていた理由に僕よりも先に気付いていた。
 僕には文才がある。そう……本を読まなくても、小説を書けるほどに。
 だけれども、それで本を読まなければいずれは書けなくなるんだ。だって、人の才能なんか、所詮は限界のあるものだから。
 彼女の言う通りに『あとがきだけの物語』を書くことで僕は、ただ小説を読むだけでなく作者になりきって……作者とその作品の細部に至る感性を共有し、書いている時の想いを理解して読むことができた。そして、そのような姿勢で本を読むことは、僕には一番足りていなかったことなんだ。

 由麻は僕のことをこの世界の誰よりも、一番に理解していた。そして、ただ言葉で伝えるだけでなく、僕にとって最善の方法でそのことを理解させてくれた。
 彼女にはこれからもずっと、僕の側にいて欲しい。
 だから……僕は自分のオリジナルの作品を書くより前に、この『あとがきだけの物語』を最愛の妻・由麻に贈る。

(あとがきだけの物語・あとがき)


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