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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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P.S.アイラブユー

18/07/22 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:2件 そらの珊瑚 閲覧数:125

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『あとがき』という言葉を前にして、心の中にふいに浮上してきた思い出がある。

 小さい頃一緒に暮らしていた叔母のマリモさんのことだった。
 マリモさんは父の妹で、母屋につながる離れの和室で暮らしていた。本の好きな人だった。畳敷きの部屋には本がぎっしりと詰まった本棚。本は床の間も占領し、そのわずかな隙間に白い花瓶の中で立ち枯れたオレンジ色のほおずきが顔を出している。それでもはみだした本達は乱雑に床に積み上げられる有様。それは日々にょきにょきと成長し、私の背丈より高いものもあった。私はそれを見上げるたび、密かに『さるのこしかけおばけ』と呼んだ。家の庭の松の樹に生えていた、さるのこしかけというキノコに似ていたからだ。
 叔母さんの部屋で遊ぶ時、私はそいつらを倒さないように、いつになく慎重に歩いたものだった。叔母さんは私を膝に乗せよく絵本を読んでくれた。叔母さんの息は漢方薬が匂ったが嫌いな匂いではなかったし、その声は羽みたいに優しくて、束の間いつだって私はふわふわと幸福だった。母に怒られた時には離れに逃げ、思い切り泣いた。
「おめえがやってくる時にゃ、わしはいつも笑ってしまうのさ。ド、ド、ドドッて凄まじい地響きを立てて渡り廊下を走ってくる鬼がこげな可愛い女の子だど! 桃太郎もびっくりよ」
 マリモさんは私をおだてる名人で、へんてこな訛りで笑顔にさせる名人だった。すっかりおだてに乗った私は、ある時期まで自分は可愛いのだと勘違いして育った。
 マリモさんの面影はどれもほんの少し微笑んでいるけれど、大雨の夜、私はマリモさんの泣き声を聞いた。トイレに起きた時、離れの方から確かにそれはした。翌日マリモさんにそのことを話したら「バレちゃったか。春ちゃんの真似して泣いてみたの。雨の音にまぎれるかなって、大きな声でね。案外気持ちいいのね、泣くって」とケロっとした顔でマリモさんは言ってのけた。叔母さんは強い人だった。
 時折叔母さんは熱を出しその都度私は離れに行くことを禁じられた。叔母さんは中学の頃から病気で学校も休みがち。入学した大学も結局中退したという。二十歳まで生きられるかどうか危ぶまれたが成人し、周りはどれほど喜んだだろう。けれど病気が治ることはなかった。
 叔母さんが二十五歳と知って子どもだった私は驚いた。透き通るような白い肌。長い三つ編みをいつも肩からふたつ垂らしたおばさんは、まるで少女のようだったからだ。
「私、ピーターパンが見えるのよ」いつだったか叔母さんはそう言った。大事な秘密を打ち明けるような小声で。その時はもう叔母さんの実年齢を知っていたが、私はその言葉を疑わなかった。ピーターパンは大人には見えない。二十五歳というのは表向きの事情で、やっぱり叔母さんの中身は少女なんだと思った。

 定期的にまりもさんを訪ねる人があった。榊さんという大学の友達だったという男の人だった。その人が来る日曜日、普段はしない化粧をしたまりもさんは不思議に二十五歳の女の人に見え、なぜか私をさみしくさせた。
 いつだったか、まりもさんが私に一枚のレコードを聴かせてくれたことがある。
 ビートルズの『P.S.アイラブユー』。
 英語だったので意味は分からない。まりもさんも「歌詞の意味は知らない、でもなんだか素敵でしょう」と笑った。
「P.S.って手紙の最後に付け足しに書く追伸って意味よ。本でいえば、あとがき、みたいなものかな」
「あとがきって?」
「物語が終わったあとに書いてあるものの事。作者が書くこともあれば、違う人が書くこともあるわ」
「ふうん」
「私ね、あとがきを読むのが好き。あとがきを読んで初めて作者の本当の想いを知ることもあるから。あとがきで愛してるなんていいと思わない? そんな照れくさい言葉、物語の中で面と向かっては言えないけど、あとがきでなら言えるもの」
 まりもさんとの思い出は多くはないけど、今でも耳元に蘇ってくる声がある。優しさだけで出来ている底なし沼のようなその声にずっと沈んでいたい、そんな気持ちにさせる声が。
 まりもさんはそれから数年後亡くなった。ほどなくして祖父がまりもさんに煎じて飲ませていた庭のさるのこしかけは枯れ、さるのこしかけおばけもいつのまにか消えてしまった。
 通夜に小さく流れていたのは『P.S.アイラブユー』だった。
 今、私はまりもさんと同じ年になり気づいたことがある。人はたったひとつの命を生きる。それがひとつの物語だとしたら必ず終わりの頁はやってくる。だからあとがきは自分では書けない、と。
 まりもさんの通夜の夜、離れの部屋で繰り返しレコードをかけていたのは榊さんだった。それがまりもさんの唯一の遺言だったという。
 そしてあの夜、私は一匹の小鬼になって渡り廊下に座り、昏くなっていく空に光り現れる星を見上げていた。


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このストーリーに関するコメント

18/07/23 泡沫恋歌

そらの珊瑚さま、拝読しました。

なんとも切ない『あとがき』ですね。
きっとマリモさんはその言葉を榊さんに欲しかったのではないでしょうか?

さっそくビートルズの『P.S.アイラブユー』どんな曲だったか、Youtubeで聴いてきました。

18/07/26 そらの珊瑚

泡沫恋歌さん、ありがとうございます。

あとがきというワード自体なんだかせつない感じがします。
私も久しぶりに聴きました。
素朴で優しい曲だなあと改めて思っているところです。

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