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身勝手なあとがき

18/07/20 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:2件 トイトイ 閲覧数:255

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 町田かよこ、三十歳。独身。交際している異性はなし。趣味はネット小説のあとがきを作者になりきって書くこと。
――さあ、今日もやりますか。
 仕事を終えて帰宅したかよこはストッキングを脱ぎ捨てると、パソコンの電源を入れた。パソコンが立ちあがるまでの間にスーツからジャージに着替え、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。いつもの準備が整うと、お気に入りから小説投稿サイトにアクセスし、今日アップされたばかりの作品を探した。
 かよこが狙っているのは掌編から短編の作品。短いほうが勝手に作者を想像しやすいのだ。それが作者の人間像に近いのかそうではないのかはどうでもいい。ぷしゅっと音をたてた缶ビールを飲みながら、画面をスクロールしていく。
「今回はこれにしようかな」
 かよこが見つけたのは『首つり』というタイトルの小説。文字数は掌編程度。登場人物は中学生の少年がひとり。物語は少年の語り口調で進んでいく。オチもなければ文学的要素はどこにもない。少年が現状に絶望し、首をつるって最後を迎えるという話だった。
 コメント欄に書き込みはない。
――私が第一号か。
「拝読させて頂きました。小説家としての才能の片鱗を感じます。よければもう少し詳しく書かれたものが読んでみたいです」
 まあこんなもんでいいでしょう。かよこは送信ボタンを押した。豚もおだてりゃなんとやら。これが希望のひとつにでもなってくれればいいのだけれど。
 次の日に確認してみると、返信がきていた。
「読んでくださってありがとうございます。本当に才能があると思いますか? この話は死にたいと思った僕がその気持ちを吐きだしたものです。これ以上書くつもりはなかったのですが、もう少し頑張ってみようと思います」
 かよこはとりあえずほっとした。本当に自殺する気はないようだ。
「嫌なことは全部ここに吐きだしてしまえばいいんです。文章にしてしまえばいいんです。作品を待ってます」と、かよこは書き込んだ。
 翌日、コメントが返ってきていた。時刻を見ると、昨日かよこがコメントした五分後には返事が返ってきていたようだ。
「ありがとうございます。頑張って書きあげます」そう書いてあった。
 それから一週間が経った。
 かよこは「進捗はどう?」とコメントしてみたが、作者の反応はなかった。もしかしたら面倒くさくなって執筆を辞めてしまったのかもしれない。まあ、よくあることだ。それに作者は十代の学生、たぶん男の子。飽きっぽいのはしょうがない。ただ物語のなかで死を願ってしまうのは、実際に彼の置かれた環境が良くない証拠だ。そして、その問題が簡単に改善するとは思えないし、その点はひとりの大人として心配である。だが、ネット越しでは何もできない。仮に現実で彼を知っていたとしても、たぶん私には彼を助ける勇気はないと思う。やっぱりどこかひとごとのように見過ごしてしまうのだろう。でもそれが人間なのだ。
 かよこは彼とのやりとりを終えた。ここからは作者になりきってあとがきを書く。もともとそのためのやりとりなのだ。小説に綴られた文字は彼の血液、彼とのやりとりは骨――今回は魚の小骨ぐらいしかないけれど――。身体を再構成するのがかよこの役目。かよこはあとがきを勝手に代弁していく。
――この小説には僕の生と死の葛藤が込められています。縄が喉に食い込んで息ができない苦しみと、教室で息ができない苦しみは、どっちが本当に苦しいのでしょうか。僕には首つりで死んでいく方が楽に思われます。けれどそんな気持ちを現実の誰かに相談したとして、どうにかなるのでしょうか。たぶんどうにもならないのだと僕は思うのです。生きていればいいことはある。死んではだめだと誰もが言うでしょう。ですがそれは真実なのでしょうか。本当に生の価値が死の価値以上といえるのでしょうか。結局は主観でしかないのです。物語のなかに自身を投影し、妄想のなかで死んでみましたが、やっぱり妄想はどこまでいっても妄想です。それで解決するわけじゃないのです。ですが僕には生の価値が死の価値以上とはどうしても思えない。かといって本当に自殺する勇気はありません。だから自身を文字の上で殺したのでしょう。そしてこれからも僕は妄想のなかで何度も僕を殺すでしょう。そして本当に自身を殺したとき、僕は殺人者になるのでしょう。
 彼は救われない。それがかよこの出した結論だ。できることならあとがきはハッピーエンドで終わりたいのだけれど、今回はどうしてもその光景が思い浮かばなかった。彼の将来はどこまでいっても暗闇だ。同じ三年という時間でも大人と子供でなら体感時間は全くちがう。心に刻まれた絶望はこれからも彼の足を引っ張ることになると思う。でもこれは私の妄想だ。彼が殺人者になるのかは現実の彼が決めることだ。ただ、私はそうならないことを祈るだけである。


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このストーリーに関するコメント

18/07/21 白汐鈴

拝読させて頂きました。できれば別の作品のあとがきも読んでみたいです。

ネットで小説を公開していると、時にハッとするレビューをいただくことがあります。すべてを見透かされているような。
かよこさんにあとがきを書いてもらいたい、そう思いました。自分の気づけない自分を示してくれそうです。

18/07/21 トイトイ

白汐鈴さん

読んで頂きありがとうございます。
誰かから参考になるレビューをして頂けるとありがたいですよね。そういう人が身近にいればいいのにと私も思います。

いちぶ訂正させて下さい。
>少年が現状に絶望し、首をつるって
とありますが、首をつっての間違いです。すいません。









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