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白汐鈴さん

白鶺鴒〈ハクセキレイ〉 そこらへんをうろちょろしてる、小さな鳥です。

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木曜日の紫苑

18/07/20 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 白汐鈴 閲覧数:241

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 最終ページに栞をはさみ、本を閉じた。
 気持ちは本の世界をさまよったままで、なんとなしにまたそのページを開き、続きを捲る。あるのは奥付ばかりで、出版年が二十一年前だったことに胸のもやもやがわずかに軽くなった。僕の生まれた年だ。
 ページを繰り、ラスト三ページを読み返す。もやもやが再燃した。
「なに? その本、面白くなかったの?」
 そう言った友人が我がもの顔で占拠するシングルベッドは僕のものだ。
 いつもなら彼の手には水曜発売の漫画雑誌があり、読み終えたあと置き去りにするのだが、今日は「コンビニで売り切れてて買いそびれた」らしい。彼はスマートフォンを片手に仰向けでこちらに顔を向け、チラと掛け時計を見る。「よっ」と勢いをつけて体を起こし、うん、と伸びをした。そろそろ出かけるのだろう。
 毎週水曜日の昼に、彼は僕のマンションを訪れる。僕は午前の講義が終わったあとこうして家に戻り、彼とともに昼食をとる。
 入学直後こそ自炊など張り切ってみたが、いつしかそれも週に二三度の気晴らしとなり、今日の昼飯は近所の弁当屋の天津飯で、彼は漫画雑誌を買いそびれたコンビニでナポリタンを買って来た。彼にしては珍しく、食べ終わった容器を洗ってシンクの脇に伏せ、何かしら恋人に言われたのだろうかと勘ぐってみたりしたが、特にその話題に触れてはいない。
 学生向けの安いワンルームマンションである。僕は運良く大学から徒歩五分の場所に棲家を見つけ、彼は自転車で二十分の場所に暮らしていた。家賃で決めたという彼のアパートに行ったことはない。田畑と民家、あるのはコンビニではなくドラッグストアだというその界隈に、今後も訪れることはないだろう。
 彼とは高校が同じだった。クラスは違ったし、話した記憶もなかった。関わるようになったのは大学に入学したあとのことだ。不安だらけの新生活を、同郷出身者と一緒にいるだけで、それなりに平穏に軌道に乗せることができた。彼も同じだろう。
 特に趣味が合うわけでもなく、僕は文庫本さえあればそこそこ満たされた日々を送ることができたし、それぞれの交友関係が広がるにつれ(その広がりにはずいぶんと差があったのだが)彼がここに来る回数は次第に減っていった。けれど完全に交友が途絶えることはなく、毎週水曜日に彼はやって来る。それはむしろ義務的な行為にも思え、夜ごとコンパだ飲み会だと繁華街にくり出す彼の、何かしら楔のようにも思えた。
 僕は何度か飲み会に誘われ、一度は参加したけれど、彼とその友人たちのノリについていけず、二度目からは「今日はパス」と断り、そのうち誘われなくなった。彼と顔を合わせるのは週に一度。大学構内で彼を見かけることは滅多になかった。
「俺にしてみれば、ページいっぱいにぎっしり詰まった文字を見るだけで苦痛だ」
 彼は僕の手からひょいとその本を取り上げ、栞のはさまった最終ページを開いた。眉間に皺をよせ、老眼に悩む中年のように距離をとる。
「ゲームならちゃんとエンディングが用意されているだろう? それがもし何の前触れもなく、脈絡もない場所で、唐突な終わり方をしたらどう思う?」
 僕が問いかけると、彼はふいと視線を天井に向けたあと、さほど間をおかずに言った。
「メーカーにクレーム」
 僕は「だよな」とため息をつく。彼は最終ページの数行を目で追ったようだけれど、感想も何もなく「ふん」と肩を竦めた。
「あとがきも何もないな」
「ああ、そっけないもんだ」
 あとがきを読むことで作品の成り立ちなり、込められた思いなりを多少でも垣間見ることができたなら、この何とも言えない胸のもやもやは拭われるのかもしれない。
 なぜこの話はこうも唐突に終わってしまったのか。主人公に気持ちを添わせ、胸を痛め葛藤してきた僕にすれば、最終ページの意味を探らないわけにはいかなかった。
「読み返してみたら案外すんなり分かるんじゃないの?」
「読み返すのはこれで三度目だ。それでも最後にこの主人公が救われたのか、絶望したのか分からない。救われたのだと思いたいけれど、それは僕の願望に過ぎない気がする」
 手に持っていた本をポンと僕の膝に投げ置いた彼は、「そんなもんじゃないの」と、どこか諦念のようなものを滲ませて口の端に笑みをつくり、またチラと時計を見た。このままだと彼は午後の講義に遅刻するだろう。サボりの常習犯ではあったようだが、水曜の午後の講義は欠かさず出ていたはずだ。それなのに、彼は確認した時刻をあえて無視するように、再びベッドに腰をおろした。
「例えば俺が、手紙も何も残さず突然姿を消したら、お前は俺が救われたと思うか? それとも絶望したと思うか?」
 ピリリと彼のスマートフォンが鳴った。バタンと車のドアが閉まる音がし、続いて男の声が聞こえた。
「シオン」
 それは誰の名だったろう。


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