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若早称平さん

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隠されたメッセージ

18/07/19 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 若早称平 閲覧数:247

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 作家には大きくわけて二種類の人間がいる。面倒臭い人と、そうでない人だ。平手先生は僕が担当している作家の中でぶっちぎりの前者だった。
 もちろん作品は素晴らしい。気さくな人柄で人当たりもいい。原稿が遅れることもほとんどない。ただ一つ、どうにもこうにも連絡が取れないのだ。今どき携帯やパソコンを持っていない上、脱稿すると所持している山奥の別荘へ籠ってしまうという悪癖まで持っている。そういうわけで何か緊急の用事があると山を登ってはるばる会いに行かなくてはならないのだ。

 どうして先生はこんな山奥に別荘を買ったのだろう? 殺意にも似た陽射しの下を歩き続け、ようやく発見した木陰に倒れるように座り込んだ。何度も登った山道だが、真夏に登るのは初めてだ。ましてや僕は昨日運動不足解消にと同僚に誘われた草野球で見事に右足を捻挫している。「慣れないことするからよ」と冷たく言い放った妻は湿布こそ貼ってくれたものの今朝見送りに起きて来てもくれなかった。
 温くなってきた水を飲み、カバンを開けたついでに本を取り出した。先週発売された平手先生の最新作であり、僕が今こんなにしんどい思いをしている元凶でもあった。
 内容自体に問題はなかった。めちゃくちゃ面白い。売れ行きも好調で早くも映画化の話も出ている。問題は先生が珍しくつけたあとがきにあった。

わたしの本をお手に取ってくれたあ
なたにありがとうと言いたいと思い
ました。わたしはいままで書くこと
は戦いだ、せんそうだ、そう思って
いた。間違いだった。書くこととは
読者のあなたとねり上げる王国だ。

 入校直前に突然先生があとがきを載せたいと言ってきた。バタバタしていたし、なんだこの文章? と思った程度で、本編ほどチェックをしなかったのも悪かったかもしれない。
 発売後間もなくネットでこのあとがきが話題になった。文の三文字目を縦に読むと、「しにたい」という言葉が現れる。最後に会った時にはそんな不穏なことを考えているようには見えなかったし、何か問題を抱えている様子もなかった。だが、故意に平仮名を使われていたり、改行されていたりと先生が何かの意図を持ってこれを書いたのは間違いないだろう。ネットでの拡散も無視できないほど広がり始めていて、念のため真意を確認しに先生を訪ねるに至ったというわけだ。

 いつまでもここで座っていても仕方がないと、重い腰を無理矢理持ち上げた。痛む右足と流れ続ける汗。気を紛らわすために、不謹慎ながら先生が死にたいと思う理由を考えた。仕事は絶好調だ。気鋭の恋愛小説家として数年の内に大きな賞を獲ることを期待されている。健康状態も良好だった。お金の心配もないだろう。となるとやはり、
「……女か」僕は天を仰いだ。
 先生は恋愛の神様などとメディアに持ち上げられることがあるが、その読者や信者が幻滅してしまうくらい本人の色恋事情は閑散としたものだった。僕が知る限り先生に彼女がいたことはない。もちろん先生の私生活全てを把握しているわけではないので、陰でこそこそということはあるかもしれないが、この現代社会において一切の連絡手段を持たない男と長く付き合える女性というのはなかなか希有なのではないかと思う。
 なにかこっぴどい振られ方でもしたのか。それで先生が自殺するまで思い詰めるとも思えないが、明文化して世間に晒すとなるとやはりただごとではない。

 ようやく先生の別荘に辿り着いた頃には、右足を庇って歩いてきたせいで左足まで痛み出していた。途中で拾った長い棒を杖代わりにし、先生が首を吊っていないことを祈りながら、戸を叩いた。
「おお、高瀬君。どうした? なにか問題でもあったかな?」
 僕がここを訪れるのは緊急の事案が発生した時だけだと知っている先生は神妙な顔つきで僕を招き入れた。
「単刀直入にお聞きします。このあとがきのことなのですけど……」
「ほう、気付いたかね?」
 なぜか嬉しそうに身を乗り出す先生に怪訝な顔をしていると、奥の方から若い女性が飲み物を運んできた。
「先生、あの方は……」
「君には東京に帰ってから言おうと思っていたんだがね、この娘と結婚を前提にお付き合いをすることになったんだ」
 育ちの良さそうなお嬢さんは照れ臭そうにお辞儀をした。
「じゃあなんであんなあとがきを?」
「君はそれに気付いたからここに来たんじゃないのか?」
 今度は先生が眉をひそめる。問題のあとがきを開くと先生が指差した。
「この一行目の三文字目から右斜め下に読んでいくと『しあわせだね』になるだろう? こういうのは初めてだったから作るのに苦労したよ」
 笑う先生に僕は溜め息混じりにここへ来た経緯を説明した。
「先生、慣れないことはしないでくださいよ」口に出してから昨日妻に言われたのと同じことを言っているのに気付き、苦笑した。


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