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吉岡 幸一さん

性別 男性
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作家先生のあとがき

18/07/17 コンテスト(テーマ):第158回 時空モノガタリ文学賞 【 あとがき 】 コメント:0件 吉岡 幸一 閲覧数:182

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 この小説のあとがきを書くにあたって僕が最初に思ったことは、ようやく解放されるということでした。
 二年六カ月の間、この小説を書くためにすべてを犠牲にしてきたと言えば大げさに聞こえるかもしれません。
 多くの方には理解していただけないのかもしれませんが、こと創作に携わるような方なら多少なりともこの感覚を理解していただけると思います。
 朝は起きて夜は寝るまで、そして夢の中でさえ、この小説のことが頭から離れることは一時とさえありませんでした。常に頭は二十四時間小説のことばかりです。
 いかにストーリーを進めるべきなのか、主人公の行動は矛盾していないか、各登場人物の性格はこれでいいのか、はたしてこの小説で何を伝え、何を表現しようとしているのか、考えることは尽きることがありませんでした。
 書いては消し、書き直しては消し、原稿用紙一枚を埋めるだけでも何日もかかったこともありました。誰にも読まれないかもしれない小説を書き、誰にも必要とされない話を書き、自己満足と言われても仕方なく、徒労の日々、虚しい時間、無意味な行為と言われても反論のしようがありませんでした。
 ようやく原稿用紙三百枚におよぶ作品を完成させることができました。すべての方にとは言いません。これが後世に残るような名作ともいいません。
 ―――ただ一人でもいい、この小説を読んでくれた人が主人公に共感し、主人公の行為を「これで善し」と、肯定できるようになってくれたらと祈るばかりです。

「先生、あとがきから先に書くのをやめていただけませんか」
 原稿を受け取りに来た編集者は原稿を覗きこみながら言った。作家は机のまえに座ってパソコンに文字を打ち込んでいる。
 書斎の窓からは楓の木々が風に揺れているのが見える。耳を澄ませば鳥の鳴き声もきこえてくる。
 夏の猛暑をさけ作家は別荘にやってきていた。静かな場所でゆっくりと小説を書きたいと編集者には言ってきたのだが、実際は避暑地にきても原稿には手もつけず酒ばかり飲みながら過ごしていた。
「先生の作品を多くの読者の方が楽しみにしているんです。あとがきなんて単行本がでるときにでも書いていただければそれでいいんです」
「そんなことを言ってもだな。アイデアなんてこれっぽっちも思い浮かばないんだよ。だから先にあとがきから書いているっていうわけだ」
「作品を書いた気分になって、創作の苦しみをごまかそうというわけですか。先生はプロなんだから、そんなことでは困ります。しっかりしてください」
「いや、君は手厳しいな。わざわざ都会からこんな田舎にまで追いかけて来るだけのことはある」
「見張っていないと先生は一行も書きそうにないですからね。休み返上ですよ」
「やれやれ、それじゃ書くとするか」
 作家は頭を掻くと唸りながらパソコンに文字を打ちはじめた。

 ―――拳銃をもった男は真っ先に一番弱そうな女を狙って撃った。心臓を打ち抜かれた女は悲鳴ひとつあげる間もなく床に倒れ息をしなくなった。
 銀行強盗は柔な精神ではやれない。まずは恐怖を与えること、そして恐怖によって服従させること、これができなければ大金なんて手にいれることはできない。
 大金を手に入れ、後は逃げるだけというとき銀行の周りを警官に囲まれてしまった。だが行員と客、二十名の命は男の手のなかにある。この命を手にしている限り警官につかまることはない。実際、一人殺したのだ。これ以上の被害者をださないためにも警官は安易に銀行に突入できないはずだ。
 悪人になるんだ。金を握ったまま無事に逃げるためには他人の命なんてどうだっていい。
 男は拳銃を天井にむかって撃つと嘲るように高笑いした。

「先生、なんですか、この小説は」
「どうだ、ワクワクするだろう。このあと銀行強盗は逃げられると思うかな」
「そうじゃなくて、これじゃ、あとがきと矛盾していませんか。この小説を読んでくれた人が主人公に共感し、主人公の行為を『これで善し』と、肯定できる小説なんですか。こんなことになるから、あとがきは小説が完成してから書けばいいんですよ」
「まあ、細かいことはいいじゃないか」
「よくありません」
 編集者が声を荒げると、作家はちぇっと舌打ちをして先に書いていたあとがきのフォルダーを開いた。
 ―――ただ一人でもいい、この小説を読んでくれた人が主人公を反面教師とし、主人公の行為を「これではいけない」と、否定できるようになってくれたらと祈るばかりです。
「これでいいだろう」
 作家が自信たっぷりに言うと、編集者はため息をつき、はやく都会に連れて帰らなければと思うのであった。
「だから先生、あとがきは作品が完成してから書いてください!」


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