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紫聖羅さん

濾過しても、フィルターを通り抜けられない、そんなものです。 2000文字以内に収めることに苦労します。

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春を待ってる

18/07/16 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 紫聖羅 閲覧数:112

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 *

 僕が生まれたのは、三月のとても寒い日だった。その日、東京は大寒波で大雪に見舞われた。人々は口々に、
「今年に入って何度目の積雪かしら」
「地球がおかしくなってるんだ」
 とぼやいていたけれど、僕はとても寒さに強いので気にならなかった。
 この時、まだ目は見えていなかった。僕は元から足がない。でもそれで不自由なことは何もない。手は生まれてから3日目にできた。でも、僕の意思では動かせないので、意味はない。見ての通りただの飾りだ。
 僕が初めて聞いた声は、「ママ!」という声だった。僕から遠ざかっていく、幼い声。たぶん、3,4歳の子供の声だと思う。
 それから僕は、冬の心地良い冷たさを感じて過ごした。大量の足音と、そこからぽつぽつ落ちていく愚痴を聞いていた。
 そうして3日が過ぎた時、
「寂しいだろ」
 と言われた。
 決してそんなことはなかったのだけど、反論せずに黙っていた。
 それが肯定ととられたのか、その声の主が僕に手をくれたのだ。でも、どうせくれるなら、もっとすらっとした細くて長い手をくれればよかったのに。大体、寂しそうだから手をやろうなんてどういう発想だろう。今度会ったら異議申し立てをしたい。
 そんなわけで、役に立たない、短い太い手をもらってもちっとも嬉しくないんだぞ。
 そんなやっつけ仕事な声の主は、十歳くらいの少年だった。別に、相手が男だからこんな風に思うわけではない。勘違いしないでほしい。
 その2日後に、また雪が降った。まばらに降る、細雪だった。
 都会のコンクリートジャングルで、僕が冷たい悦びに浸っていると、突然誰かに抱きかかえられた。
「へぇ」
 僕のクールダウンを邪魔した人物は、それだけ言ってすぐに僕を開放した。
 まったく、驚いて大事な手が取れるかと思ったじゃないか。
 再びその人物は戻ってきた。
 僕が初めて見たのは、まさにその人だった。短い黒髪で、色白でもなければ色黒でもない中途半端な肌。子供っぽい顔つき。おそらくこういう奴を好青年というのだろう。年齢は三十代前半くらい。なんだまた男か、と残念になんて思ってない。別に思ってない。もしかして、一番最初に聞いた「ママ!」の声の主も男だったりして。となると、僕は男にしか出会ってない。なんと不運な僕。
 ともかく、この中途半端な好青年が、僕に目をくれたのだ。硬い紙でできたそれは結構力作だったから、たぶん暇な奴なのだろう。でも、眉毛まで付けてくれと頼んだ覚えはないのに。おまけに、「僕は誰より幸せです」みたいな形の口まで付けてくれてしまったものだから、否応無く笑っていなくてはならなくなった。
「僕はささめというんだ」
 男が、突然自己紹介を始めた。
「今年はよく雪が降るな」
 そうだね。
「しかも今日は、細雪ってやつだ」
 確かにそうだ。
「なんだか、運命みたいなものを感じないか?」
 感じないよ、何言ってるんだこの男は。「僕は誰より幸せです」みたいな顔して。
「じゃ、お大事に」
 ささめはそう言って消えていった。
 ちなみにささめは、雪をいくらか掻き集め、僕の体を太らせた。さすがに大人というだけあって、頭と胴体のバランスは良いが、前よりずんぐりむっくりしてしまっている。今度もしささめに会ったら、異議申し立てをしよう。
 お気付きの通り、僕は雪だるまだ。「だるま」というくらいなので、スマートな格好良さは諦めなければならない運命らしい。なんと不運な僕。
 普通の仲間は生まれたその日に手ができて、運が良ければ目や口や鼻ができるらしい。僕の場合は合計5日にして、ようやく完璧な僕が完成した。
 ただ、中には頭と胴体だけで生涯を終える仲間もいるらしい。
 全く別の3人が、5日かけて僕をつくった。まぁ、悪くない。全員男だったけど、それでもまぁ、悪くない。
 今日も「僕は誰より幸せです」みたいな顔で立っている。

 ーーそれから5日後、ついに僕は女の子と出会う。
 運命の日、再びちらほらと粉雪が舞っていた。まさしくそれは瑞雪だった。
 目の前に、制服の女の子が現れた。右目に眼帯をしていた。昨日目の前を通り過ぎていった学生服が話していた「中二病」というやつだろうか。不機嫌そうに僕を見下ろしている。
「……僕は誰より幸せですみたいな顔しやがって」
 あ、その件でしたらささめにクレームをお願いします。
 彼女は僕の隣に腰を降ろす。
 初めての女の子だ。この子なら通じ合えそうな気がする。
「私、雪って大嫌いなんだよね。寒いし、滑るし、電車止まるし、だからアンタも嫌い」
「僕は大好きだよ! 一目惚れなんだ!」
 おっと、正直過ぎるために言ってしまった。
「ついでに雪乃とかいうあの女も嫌い」
「ゆきの?」
「……私、雪だるまと喋ってるとか、中二病かよ」
 やはり彼女は中二病らしい。
 身震いして、彼女は立ち上がった。
 え、もう行っちゃうの? まだ出会ったばかりなのに!
「ねぇ、また会いに来てよ! また会える?」
 最初と変わらない不機嫌な顔で彼女は僕を見下ろした。なぜか一瞬、にやりと口角の片方だけを上げる。
「……春になったらな」
 彼女はくるりと踵を返し、白い世界に消えていく。
「分かった! 楽しみにしてる!」
 ふと気が付いた。彼女、僕の言葉が分かったんだ。やっぱり運命の人だ!
 名前を聞いておけば良かったな。とにかく、春が待ち遠しい。

 *

 欲しいものが手に入らないことは、基本的になかった。我慢はストレスになり、ストレスは精神を病む。両親が私にストレスを与えるはずがない。私は可愛い娘なのだから。
「どうして目を……?」
 医者からの問いかけには答えなかった。答えたくないことは答えなくていい、親もそう言った。

 ーーーー目でも潰せたら、考えてやるよ。

 頭の中で低音の声が反響する。私を裏切った張本人の声。私の一番愛する声が、頭の中でまた喋り出す。

「そうやってすぐキレる。お前はセロトニンが足りないんだよ。前頭前野が未発達なんだ。こんなこと言ってもお前じゃ分からないだろ。秀才の俺が、お前と本気で付き合うと思うか?」

 悔しいが、確かに彼の言っていることは理解できなかった。他の女子生徒と親しげにしているところを目撃してしまい、放課後の教室に彼を呼び出し、激しく問いただした。
 家に帰ってから、彼が言っていた言葉の意味を調べた。脳の「前頭前野」というところが感情を抑制しており、「セロトニン」という神経伝達物質が前頭前野の働きを助けているらしい。
「……こんなこと、高校生が知ってるかよ」

「昨日また遅くまでパソコンしてたでしょう。ほら、遅刻するから早くご飯食べて」
 朝からうるさいババアだ。
「いらない」
「また? 何か食べないと」
「学校ついてからチョコとかお菓子食べるし」
「また甘いものばかり……」
「うっせーな! ならもっと早く起こせよ!」
 朝から無駄な体力を使ってしまった。いつまでもガキ扱いしやがって。
 今日は大事な日だ。歩きながら制服のポケットに手を突っ込み、カッターの冷たい感触を確かめた。

 ーーーーお前、本物の馬鹿だわ。ついでに頭の病院行けよ。

 あの日、授業中にカッターで右目を切った。垂直に刺す勇気はなく、瞼を切るように、横に切った。言われた通りにした。それなのに……。
 何もかも、雪乃というあの女が悪い。あいつが奪ったんだ。なら、私も奪ってやる。

 *

 桜を初めて見たよ。ついに春になったんだ。
 もう、僕には体がない。お気に入りの手も、流されてしまった。かろうじて、目はこの場に残っていた。これがないと、彼女を発見できない。僕は残雪にはなれなかった。でも、僕はまだここにいる。毎日少しずつ、体だった部分が宙に浮いて消えていくけど、大丈夫。かつて僕は友待つ雪でもあったのだから。

 ついに、眼帯の少女が再び現れた。僕の方へ走ってくる! 本当に来てくれた!
 だけど彼女は僕を通り過ぎて走って行ってしまう。そうか、体がなくなって気付かなかったんだ。追いかけないと!
 水になった僕は滑らかに動くことができた。すぐに彼女に追いついて、彼女の足に絡まる。彼女の手に、銀色に光る何かが見えた。でもそれは一瞬のことで、彼女は僕に向かって飛び込んできたーーーー。

 *

 私は思わず悲鳴を上げた。今さっき、私にカッターを向けて走ってきた彼女が、今は足下で血を流して倒れている。水たまりに足を滑らせたようだ。カッターは彼女の腹部に刺さっている。
「眼帯の……は、春さんだよね。田村春さん」
 早く救急車を、と彼を見て絶句した。彼の顔には冷たい笑顔が張り付いていた。
「こいつ、本当の馬鹿だ。雪乃に逆恨みして、馬鹿みてぇ」
 鉛が落ちる感覚。この人は、人間じゃない。
「それより雪乃。返事は?」
「……え?」
「返事だよ、さっきの」
 頭の中で何かが弾け、彼の頬をひっぱたく。
「アンタみたいな奴と、付き合うわけないじゃない! それに私は……」
「やっぱり雪乃ちゃんだ! どうしたの!」
 高杉洋一の後ろから声が聞こえた。息を切らし駆けてきたその人物は私のよく知る人だった。

 *

 僕はゆっくり彼女の服を濡らし、そして肌を濡らす。彼女に触れる喜びに浸る。彼女の血が僕と混ざり合う。こうして僕らは1つになるのだ。
 見上げるとそこにささめが立っていた。ひどく真っ青な顔だ。もう一人の女の子は携帯電話で何かを叫んでいる。
 よく分からないけれど、最期にささめに会えて良かった。ささめ、ありがとう。僕は今、とっても幸せだよ。
 ささめに見えるかなと思って、「僕は誰より幸せです」みないな顔で微笑んだ。


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