奇都 つきさん

金魚とクラゲが好きです。 主にホラーを書いております。 他ジャンルだと、ギャグ、コメディ、ファンタジーをよく書きます。 よろしくお願いします。

性別 女性
将来の夢 ホラー作家になれたらなぁ
座右の銘

投稿済みの作品

1

ドア

18/07/16 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:1件 奇都 つき 閲覧数:126

この作品を評価する

 友人が一人も受講していない授業では、特に席も決めていなくて、適当に座っていた。もっとも、決まってないとはいえ、あまり知らない人が得意ではない私はいつも端っこの席を取るようにしていた。隣の人との間隔が二席くらい離れていると尚良いと思う。丁度この講義で使う教室は直前まで授業が入っていないので、私は前の授業が終わるよりも早い時間に教室に入る。だからいつも一番乗りだ。
 しかし、ドアを開けると先客がいた。先客の反対端にでも座ろうと教室に入った。そう思ったのに、何故か彼女から目が離せなかった。
 彼女が座っていたのは私の狙っていたいつでも人の少ない長机。端っこは空いていて、先客との間隔は三席離れているというラッキー具合。普段の私は離れた席の誰かがどなたかなんて確認もしようとしない。それなのに、どうしてなのか、選びたい放題の中から彼女の近くを選び、気付いたら「隣、いいですか?」と話しかけていた。
 自分の行動に自分で驚いた。もしかしたら、彼女も私と同じタイプなのかもしれない。なんせ、「どうぞ」と答えた声は少しひっくり返っていたのだ。
 隣に座ったはいいが、会話も特にない。
 自分から言いだしておいて何をしているんだ。
 ため息をつきながら鞄から読みかけの小説を取り出した。「世界怪奇全集」という、世界の古典怪談を集めた短編集みたいなものだ。間に挟まったヨレヨレのクーポン付きのレシートをさがして続きに目を向けた。
「相変わらずだなぁ」
 隣からポツリと小さく呟いた声に振り向くと、古い友人を見るような目で、彼女が私を見ていた。目が合った瞬間、気まずそうにそっぽを向かれた。
 その表情は一瞬で、もしかしたら見間違いかもしれない。だって私は、彼女の苗字のとっかかりさえも思いつかない。それなのに、友達を傷つけてしまったかのような焦燥感に首の後ろがチリチリとくすぶる。
 前の授業の終わるチャイムが鳴る。人が少しずつ入ってきた。
「あ、あの」
 私が声をかけると、さっきの表情がなかったかのように彼女は「なんでしょう」と首を傾げた。
「勘違いだったらゴメンなさい。その……もしかして、私たちって、友達だったりしない?」
 目の前の名前も知らぬ彼女が目を見開く。漫画だったら後ろに『ポカーン』なんて間抜けな効果音が聞こえそうな顔だった。
 そしてハッと気付く。知らない人から友達かと聞かれても不愉快、いや、不気味だろう。目を反らして恥ずかしがっている場合ではない。謝罪せねばならない。
「ゴメンなさい! やっぱり、その」
 なんでもない。続くはずの言葉は口の中で張り付いて出てこなかった。
 目の前の彼女が、ボロボロと涙をこぼしていたのだ。
 彼女は目元をぬぐいながら「ごめんなさい」と出て行ってしまった。私の胸はさっきよりもぎゅうっと痛んだ気がした。
 自分の荷物をひっかけ、彼女を追いかけた。気付かないうちに授業開始のチャイムが鳴ったのだろう。丁度入れ替わりになってしまった先生が不思議な顔をしていたので「教室間違えました!」なんて嘘をついた。顔見知りの先生になんてモロバレな嘘をついたもんだといっそ笑えた。
 彼女は廊下にいなかった。どこに行ったのだろうと疑問が浮かぶが、何故か「こっちだ」と足が確信して進む。向かう先は、暇の持て余した学生の集う食堂でも図書館でもなく、人気のない、小さな池だった。
 池のそばには藤棚がある。今は時期を過ぎてしまい、ただの緑の屋根と化しているが。その下には少しペンキの剥げた白いベンチが置いてある。そこで、彼女は肩を震わせて泣いていた。
「あ、あの」
 後ろから声をかける。そうすると、彼女は振り向いた。変なことを言ってごめんなさい。傷つけたなら謝りたい。そう謝ろうとしたかったのに、彼女の方が先に口を開いた。
「ミサキ、アタシのこと、覚えているの?」
 知らない彼女が、私の下の名前を呼んだ。不思議と不快感とかはなく、ただただ涙に揺れる目が、とても悲しげで。一緒に私に対して期待を抱いていて、痛々しかった。何も言えずに首を横にふると、悲しそうにうなだれた。
「ごめんなさい。でもね、あなたの事、なんでか友達だと思っちゃったの。ずっと、ずっと知ってる気がするの」
 そう告げると、彼女はゆっくりと顔を上げた。さっきのような複雑な感情の色はなく、気の置けない友人に向けるような笑顔がそこにはあった。彼女はベンチに置いてあった自分の鞄を地面に置き、ポンポンと、鞄があった場所に座るように促す。おずおずとそこに腰を下ろすと彼女は「アタシがアンタの名前知ってる理由教えてあげる。私を友達と思った理由も、ね」と言った。私はこの感情の正体が知りたくて、とにかく頷いた。
「最初に言っとく、これは、作り話と思ってくれてもいい。けど、私にとってはどうしようもない事実なの」
 わかってほしい、と、言ったことを皮切り続いた言葉は、どこぞの小説かという内容だった。
「私ね、ドアを完璧にしめちゃうとたまにどっか行っちゃうの」
 教室では私が変なことを言ったが、今度は私がキョトンとする番だった。
 彼女が言うには、どこか密封できる空間に一人で入ってしまうと、全く知らない場所にいるというのだ。某ロボットの夢のような道具を思い出すが、そういう事ではなく、時空を超えるらしい。なので、全く同じ場所でも、鏡のような世界だったり、人が一人もいなかったりということがあったりするらしい。正直、よく分からない。
 顔に出ていたのだろうか、彼女は眉を下げて困った顔で笑った。
「まぁ、要するに一人で密閉されたドアに入って閉めちゃうと、なんかよく分からない場所にランダムでワープさせられるって感じかな?」
 もっとむずかしい事を言っていたけど、つまりはそういう事らしい。同じ場所に出ることはないのか、と聞くとそれはあるという。
「でもね、また同じ場所にたどり着いても、そこで出会った人は誰もアタシを覚えてないんだ。親も、お兄ちゃんも……友達も」
 友達、その言葉を言ったとき、彼女は確かにじっと私の目を見た。私は自分の薄情さを責められてるみたいで後ろめたくて、目をみれなかった。
「確かに、少し違うけど、聞いたことあるよ。そういう次元を超えていなくなっちゃう人の話」
 彼女はそうなんだ、と私の話を聞く。一つ話題転換のつもりだったが、ここでやっと彼女の名前を知らないことを思い出した。訊ねると、彼女は短く「アヤカ」と名乗った。ツキンと頭が痛んだ気がした。きっと私は忘れているんだろう。彼女のことを。
「アヤカ、もしかして、私たち、会ったこと」
「うん、あるよ。仲良くしてて、実は、この話アンタにするの二回目なんだ」
 アヤカは悲しそうに笑った。ゴメンと口に出そうとするも、彼女の話で遮られる。
「本当は、探してた。移動しなくていい方法。でもね、もういいかなって、今思えたんだ」
 アヤカが私の肩にもたれかかってきた。やっぱり、どこかで友達だと思っているんだろう、彼女の頭の重さに嫌な気分なんて全くしなかった。
「アンタが少しでも、記憶の片隅でも覚えてくれていた。アタシ、なんだかそれで満足しちゃった」
 上目づかいでこちらを見る彼女と目を合わせる。「信じなくていい」なんて語りだしだったが、私自身感じているこの不思議な気持ちと、嘘とは思えない彼女の言葉の一つ一つが事実たらしめて思えた。
「変な話につき合わせちゃってゴメン。じゃあ、私そろそろ行かなきゃだから」
 彼女は私から離れると、まっすぐに講堂に続く重いドアへ向かった。なんて声をかければいいか、わからなかった。もっと話したい、きっと友人な彼女が一つの場所にいられるように手助けしたい。どう伝えればいいか悩んでいるのに、私の口は勝手に「じゃあ、またね」と別れを受け入れていた。
「ありがとう」
 彼女の泣き出しそうな小さな声に、気付くのが遅かった。さっきまでなんの話を聞いていたのかと自分の頬をひっぱたいてやりたい。それでも私は気付かないで、重たい音を立てて彼女が締め切ったドアの向こうに見えなくなってしまうのを、ただぼんやりと見ていた。
自分も行こうか、なんて彼女が手にかけたドアノブに手をかける。
 開くと、まだ授業中なんだから当然誰もいない。先生の声がたまに聞こえてくる程度だ。
「あれ?」
 私は疑問に首を傾げた。何故授業をサボってこんな場所にいるのかを、思い出せないのだ。別に授業を受けたくない気分なわけではない。いや、むしろ友達がいなくても聞きたいと取った講義だ。サボるという選択肢は限りなくない。釈然としない気持ちがみぞおちあたりでモヤモヤする。けれど、途中から授業を聞くというのも、なんとはなしにだが微妙な気持ちだ。
 誰かしら来るであろうと、何も知らない私は暇人集う食堂へと足を向け、さっき閉じたばかりの思い扉を開くるだった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

18/07/28 クナリ

何気ない日常のワンシーンのような舞台で起きた、なんとも寂しく、悲しい出来事ですね……。
主人公ではなくアヤカに感情移入したまま、主人公がここで著された物語の記憶をなくし、アヤカも悲しみを抱えたまま退場する……とは、なんとも切ない構成です。
独特の空気感が魅力的でした。

ログイン