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飛鳥かおりさん

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土まみれの純白

18/07/16 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:10件 飛鳥かおり 閲覧数:1114

時空モノガタリからの選評

成績優秀であるがゆえに大人達や同級生から疎外される葛藤をテーマに据えた点が新鮮で、その観察眼の鋭さに脱帽しました。とかく「エリート」というものは、ステレオタイプに描かれがちですが、苦悩を抱える普通の人間像がしっかりとした実態をもって立体的に浮かび上がってきました。周囲との関係性を示す一つ一つのエピソード描写にも説得力がありますね。とりわけ血統書付きの白い子犬の純白の喪失という鮮烈なシーンが印象的でした。そこには子供をランク付けする大人の浅はかさを批判しながらも、自身もいつしかその価値観によって他人を見下していたことへの気づきがあり、子犬に重ねられた自己観察を通して「優等生」というプライドや固定化された価値観が溶解し、「一体だれが世界レベルの純白だというのだ」というはっとさせられるような客観視へといたる過程に説得力を感じます。観念的に作られた偽りの完璧さではなく、目の前の温もりをもった存在へと目を向けさせるこの一文は、存在のあり方まで視線を向けさせる普遍的な真実を含んでいるのではないでしょうか。作品全体の質量の濃さは賞に値するものだと思います。

時空モノガタリK

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 一番初めに覚えた諺は「出る杭は打たれる」であった。子ども用のことわざ辞典をめくっていたときに、「ああ、私のことだ」と思ったのだ。
 小学校に通いだした私は、教室で大人しく座っているというノルマを毎日こなしていた。
 教科書は配られた週の週末に読み終えていた。算数ドリルをもらった翌日に全問解いたものを提出したら「みんなに合わせようね」と先生に呆れられた。
「どうして?」
 先生は答えをくれなかった。入学前に読み書きも足し引きも覚えていた私は今更”あいうえお”の練習をすることに何の意味も見いだせなかったが、わざとレベルを落とすのは簡単だった。授業はだいたい窓の外の空を眺めたり考え事をしたりしながら聞き流していた。暇つぶしに宿題になりそうな箇所を授業中に終わらせておいた。
 先生もそれに気づいていたが、当てたときに答えられれば何も言わなかった。やがて優等生というレッテルを貼られ、面倒ごとが起きても私は真っ先に疑う対象から外された。同級生の女子たちからは”ひいき”と言われ、無視されるようになった。

 高学年になると徐々にエスカレートしていった。無視されるだけでなく、直接的な嫌がらせを受けるようになったのだ。
 あるときは提出物のノートを誰かに隠された。教卓の上に確かに提出したはずなのに、先生に届いていなかったのである。後日ノートは教卓の中から見つかり、「ちゃんと私は提出した」と私が言うと先生は「そうか」と受け取り、叱りはしなかった。
 あるときは好きな男子と話していたという理由で、放課後の教室に閉じ込められた。大した話をしたわけでもなかったが、私は弁解をしなかった。ベランダを渡って他のクラスで窓に鍵をかけ忘れているところを探し、そこから廊下へ出て帰った。
 あるときは朝登校すると上履きが汚れて湿っていた。匂いを嗅ぐと校庭の奥にある池の臭いがした。私は母に新しい上履きを買ってもらい、次の日からは毎朝持参し、下校時に持ち帰った。
 給食係に盛られるおかずを注意深く見張っていないと、虫や髪の毛を故意に入れられることがあった。幸いあまり神経質な性格はしていない。騒ぎになるのは面倒で、手でそっと取り除いてから食べた。
 こんなの何でもないこと。そう自分に言い聞かせた。母が洗濯してくれた真っ白な給食袋を持って、毎日「行ってきます」と笑顔で家を出た。

 授業参観のあった日、休み時間に知らない女の人から声をかけられた。「美穂ちゃんのお母さまは普段どういう教育をなさっているの?」
 女性が首から下げている名札に書かれた娘の名前を見て、私は言葉を失った。それは間違いなく私の給食に虫を入れた子のものだった。
 どんな教育をしているかだって? そんなのこっちが聞いてやりたいよ。
 吐き気がした。女性を無視して廊下に出て、壁に手をつき呼吸を整える。踊り場では母が知らないママたちに囲まれているのが視界に入った。
「あら美穂ちゃん、具合が悪いの?」と背中から別の女性の声がかかった。私は「大丈夫です」と言って汗を拭う。名札を見て今度は頭が痛くなった。「美穂ちゃんまた全国模試で名前載ってたわねぇ。どんな勉強をしているの?」
 少なくとも同級生を教室に閉じ込めることを許すような教育はされてないよ。そう言ってやりたかった。
 廊下の隅で駄々をこねている同級生の女子が母親に叱られていた。「どうして美穂ちゃんみたいにいい子にできないの!?」びくっと彼女の肩が固まるのが見えた。その後の彼女の刺すような視線の矛先が自分であることは確かめるまでもなかった。ほとんど話したことはなかったが、別に嫌われてもいないと思っていた。その彼女の憎悪のこもった目を見て、私は自分が彼女の”敵”になった瞬間なのだと悟った。

 ああ、馬鹿だ。みんな馬鹿なんだ。
 何故分からないのだろう。
 私を教室に閉じ込めたところで彼が彼女を好きになるわけでもないし、給食にゴミを入れたところで私の”ひいき”がなくなるわけでもない。
 でもそれは本当の原因ではなくて。
 この歪みは自然に発生したものではないのだ。なんでも優劣つけたがる大人たちがもたらしたものだ。先生が私を特別扱いするから私は余計に疎まれる。ママたちが私を見習わせようとするから私は目の敵にされる。大人たちがそんなことにも気づけないから彼女たちはどんどん私を嫌いになり、私にはどんどん敵が増えていく。
 みんな嫌いだ。もう、放っておいてくれよ。

 次の日、私は初めて病欠以外で学校を休んだ。昼過ぎに起きた私に、母は「学校には連絡してあるから」とだけ言い、何も聞かなかった。よく言葉を交わす親子ではなかったが、母が心配してくれているのは分かった。私のせいで母に迷惑をかけた。そのことだけが少しの罪悪感を私の心に刻む。
 母の手作りのアップルパイを二人で食べた。りんごの甘酸っぱさが胸に染みて泣きそうになったのを、必死で堪えた。
「ねえ美穂、こんど新しい家族になる子を見に行かない?」
と母が言った。私は何のことか理解しないまま、口いっぱいにりんごを含んでこくりと頷いた。ただ興味があったのだ。
 母に連れられ車で出かけた先は犬のブリーダーのところであった。扉を開けた瞬間に動物臭がした。
 生き物にはもとから興味があった。自然界は弱肉強食。生に貪欲で、人間なんかよりよっぽど純粋な生き方だと思っていた。
 しかし私たちの新しい家族として連れてこられた小さな命は、私のそんな妄想を吹き飛ばしてしまった。掌に乗る大きさの真っ白な子犬は、音も立てずに眠っていた。しぼりたてのミルクのような濃白。私の大好きな色。
 耳を近づけると微かな寝息がかかって、くすぐったかった。お腹にそっと手を当てると生温かく、ゆっくりと上下しているのが分かった。敵を知らず、恐怖を知らず、ただ生きるために呼吸をしていた。何かがぶつかったら簡単にぺしゃんこになってしまいそうな、儚い存在。
 ああ、この子は生きている。
 そんな当たり前のことを尊いと感じた。

 犬の名前はシロに決まった。彼女の父親はドッグコンテストの世界チャンピオンだそうで、母親は白い毛並みが最高ランクに評価されているそうだ。要するにサラブレッド。シロには正式な血統書まであって、そこに記された英名はピュア・ホワイト。純白。見た目のまんまだ。
 しかし当の彼女はそんなこと知るわけもなく、うちに来てからもあまり歩かずに丸くなってよく眠っていた。その横に座って彼女の寝顔を眺めるのが、私の目下の楽しみとなっていた。飽きもせずに何時間でも眺めていられた。
 シロが来て数日後の晩、縁側に座り、隣ですやすやと眠るシロのふわふわの背中を撫でていると、スイカを持った母が隣に腰かけてきた。
「美穂、去年の七夕で真っ白な犬が飼いたいって短冊に書いてたでしょう」
私は返事をしなかった。口を開くと何かが溢れてきてしまいそうだった。シロを挟んで親子二人、半分に欠けた月を眺めながらスイカを頬張った。
 私は再び学校に行きだした。帰ってからの楽しみを思うと以前ほど苦痛ではなかった。私が休んでいたことに対して何か言ってくる者はいなかった。
 学校から帰ると手を洗って、真っ先にシロのもとへ向かった。シロは毎日残さずご飯を食べ、日に日に大きくなっていった。

 そんな生活に慣れてきたある土曜日に、母が言った。
「明日外に出してみようと思うの。明日はお父さんもいるし。まだ日が高くないうちに」
 この頃にはシロは私の両手からはみ出るほどに大きくなっていた。家の中をてくてくと歩き回るシロと遊ぶのが私の日課であった。
 翌日はよく晴れた。私は早起きをして、庭の石ころを拾った。手で地面を触って、尖ったものがないか確認した。シロが桃色の肉球に怪我をしてしまわないように。
 久々に顔を合わせた父と三人で朝ごはんを食べた。ねぎとしょうがの乗ったしらす丼は父の好物である。私は父に元気な自分を見せようと、勢いよく頬張った。
「出してみるか」
 食事が終わると、私はシロを縁側に連れてきた。ビー玉のように透き通った目が、きょろきょろと外を見回していた。
「降ろしていいぞ」
 シロはまだ自分では庭に降りられない。私はシロを両脇から持ち上げ、庭の土にそっと降ろした。シロは少しの間くんくんと土の匂いを嗅いでいたが、それに飽きるとその場にしゃがんで後ろ足で頭の後ろを掻き始めた。
 ――あっ。
 私がシロを止めるように頭を撫でようとしたら、彼女は撫でてくれと言うようにごろんと寝転がった。
 宝石のような世界レベルの純白はこんなにもあっけなく土まみれになった。
 あはは。あはははっ。
 私は笑いを堪えられなかった。いままで心の奥に悶々と貯め込んでいた何かが、一気に解き放たれたような気がした。

 いままで私は何を気にしていたのだろう。
 上とか下とか、他人が勝手につけたものでしかなくて。その優劣もちょっとしたことで簡単に崩れうるあやふやなものでしかなくて。それなのに、周りの人間を見下すことでプライドを死守していた私自身が、ほんとうは一番優劣に囚われていたのだ。なんてくだらない。
 この土まみれの犬を見て一体誰が世界レベルの純白だと言うのだ。そんなものはこれっぽっちも大事じゃなくて。
 シロは私たちの家族だ。それは揺るがない彼女と私の関係であり、他人からああだこうだ言われる価値などとは比較にならないほどの、かけがえのないもの。

「シロ、おいで」
 私がその場にぺたんとお尻をついて座ると、シロは私の胸にぴょんと飛びついてきた。これで私も仲良く土まみれだ。
 庭の木の切れ間から、まだ上りきらない太陽が、白に茶の混じる斑模様を照らした。


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このストーリーに関するコメント

18/07/16 村野史枝

シロによって心が救われる描写がリアルでした。

大好きな話になりました。

18/07/17 飛鳥かおり

村野史枝さま

ご拝読とコメントありがとうございます。
大好きな話と言っていただけてとても嬉しいです。

18/07/21 クナリ

激しい感情が描かれていなくても、彼女の胸中の苦悩が伝わってくる前半から、一気に世界が広がっていくような後半への構成がとても印象的でした。
年相応の微笑みが満面に広がっている様子が浮かんでくるラストは圧巻ですね。
ストーリーと出来事で心が表現されているところが凄いです。

18/07/23 飛鳥かおり

クナリさま

ご拝読とコメントありがとうございます。
心情表現は少なめですが、彼女の心の成長が伝わったようで嬉しいです。

18/07/28 文月めぐ

拝読いたしました。
優等生だけど、周囲からは邪険に扱われている主人公。学校での出来事を気にしていないように振る舞っていても、心には疲れや苛立ちがたまるものですよね。そんな彼女を助けてくれた「シロ」と土まみれになる、というエンディングは不安を感じながらも生きていく美穂の力強さを感じました。

18/07/28 飛鳥かおり

文月めぐさま

お読みいただき、コメントもありがとうございます。
気づかない間に貯め込んでしまうものはあると思います。人間のしがらみなど一切気にしない犬の無邪気な行動は、時に心に救いになったりするのではないでしょうか。

18/08/07 待井小雨

拝読させていただきました。
前半は子どもたちの理不尽さと大人たちが与える優劣によって、辛く感じる展開でした。それがシロがあらわれることによってあたたかい物語となってゆき、救われる思いがしました。

18/08/07 飛鳥かおり

待井小雨さま

ご拝読とコメントありがとうございます。
無邪気で無防備な子犬は人間相手よりもずっと心を開きやすいですよね。美穂にはシロが家族になってよかったです。

18/08/30 光石七

受賞おめでとうございます!
拝読しました。
一つ一つのエピソードにリアリティがあり、心情描写は少ないのに主人公の苦しみがひしひしと伝わってきて、前半は胸が痛みました。
シロによって今まで縛られていた価値観から脱却し、心が解放されていく様子が素晴らしかったです。
圧巻の秀作でした!

18/09/02 飛鳥かおり

光石七さま

ご拝読とコメントありがとうございます。
主人公の苦しみやそこからの解放を味わっていただけて嬉しいです。
大賞をいただけたのは正直驚きましたが、これを励みにまた頑張って書いていこうと思います。

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