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清野勝寛さん

性別 男性
将来の夢
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フライトタイム

18/07/16 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 清野勝寛 閲覧数:279

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「いらっしゃいませー」

 毎朝7時丁度に、その子は店にやってくる。肩まである真っ直ぐの髪の間から見える小さい耳。白いイヤホンで音楽を聞きながら制服のポケットに手を突っ込んで、真っ直ぐ俺の前……レジを横切ってカレーパンとミルクティーを手に取り俺の元へ持ってくる。俺は差し出されたそれを手に取りバーコードを読み取る。読み取らなくても会計は覚えたが。

「237円になります」

 俺の声を聞いてはいないだろう、レジに表示された会計を見て彼女は小銭を財布から取り出した。その間に俺はレジ袋に商品をつめていく。

「ストローお付けしますか?」

 ストローを彼女に見えるようにして様子を伺う。別に聞かなくても彼女がどうして欲しいかは分かっているが、少しでも長くここに留めておきたいという浅はかな願いからつい聞いてしまう。
 彼女はストローを見て首を縦に振る。その瞬間は彼女を見ていても店員と客の関係が成立し許される。伏せられたフタエの目。その目が俺を捉えることは決してないのだろうと分かってはいても願ってしまうのだ。そればかりはどうしてもやめられない。

「250円お預かりします」

 レジを打ち込み、円を押すとお釣りが表示される。俺は13円をレジから取り出し、レシートと共に彼女に差し出した。

「13円のお返しになります」

 彼女はお釣りを受け取る為に手を差し出す。なんて白くて細い指先なんだろう。なんて小さな手なんだろう。この時季はきっとその指先は冷たく凍えているだろう。俺の手でその手を暖めることが出来れば……。

 そんな妄想をしながら、出来る限り彼女に触れないように注意してお釣りを渡す。彼女はお釣りを財布にしまいながら店を出て行く。「ありがとうございました」を言いかけて、袋に入ったカレーパンとミルクティーがレジにそのまま置いてあることに気付く。ああ、たまにいるんだよな、ぼーっとして買ったもの忘れていく人。慌てて入り口を見ると、彼女は丁度自動ドアを出ようとしていた。

「お、お客様!」

 レジから飛び出し彼女を追いかける。彼女はお釣りをしまうのに苦戦しながら歩いていた。こっちは走っているのだから直ぐに追いつく。
 呼びかけても、気付かないのなら仕方ない。俺は生唾を飲み込んで彼女の肩を軽く叩いた。彼女はビクッと体を跳ねさせてこちらを振り返る。白い息が、光沢のある赤い唇の間から漏れていた。

「あの、これ……」

 不審がられるその前にレジ袋を彼女に見せて、薄く笑う。多分、緊張しすぎて変な笑い方になっていたと思う。
 
「あ……すみません、ありがとうございます……!」

 その時初めて、彼女の声を聞いた。なんて澄んだ、無垢な声だろう。もっとずっと聞いていたい。彼女は買った商品を忘れるという自分の行動が恥ずかしかったのか、顔を赤らめていた。
 俺の知らない彼女の素顔。自分が衝動的な行動を起こさないように必死に堪えた。ああどうして、どうして俺とこの子は「店員と客」なのだろう。まるでロミオとジュリエットだ。俺とこの子の間にはどうしようもない、超えられない壁があって。どうすることも出来なくて。

「あ、あの……」

 澄んだ声が控えめに聞こえた。渡す筈のレジ袋に思い切り力を入れていたようだ。慌てて手を離す。

「ああ、えっと! すみません……!」
「い、いえ……ありがとうございました」

 レジ袋を受け取った彼女は俺に軽く頭を下げてから背を向けて歩いていく。その姿が見えなくなるまで、俺は彼女の背中をただ見つめていた。


「お前……流石にそれは気持ち悪いぞ?」
「ですよね……わかっているんですけどね……」

 シフトが被りがちな大野さんとは通勤ラッシュ後の暇な時間によく話をする。俺は彼女のことを話した。突きつけられる現実に絶望する。

「いや、アタシは恋愛に歳とか、なんなら男女も関係ないって思ってるんだけどさ。気持ち悪いって言ってんのはその、行動とか思想とかよ。ほぼストーカーじゃん」

 大野さんがタバコに火をつける。大野さんは俺より3つ年上で、旦那もいる。元ギャルでしたっていう雰囲気がバリバリあってちょっと怖いが、基本的にはいい人だ。

「わかってますけど……どうしようもなくないですか?」
「いやいや結構いるだろ。コンビニの店員が話しかけてとか、その逆とか」
「でも朝のあの時間は忙しいし客も多いし……」
「ばっかお前、そこは少し考えろよ。なんか、一言添えた連絡先の紙とか、レジ袋に入れて渡すとかさ」

 その発想はなかった。何もいきなり愛の告白をする必要はない。お友達になりませんかって連絡先を送るくらいからでも、きっかけには出来るじゃないか。今日のこともあるし、少しでも俺が印象付いている今がチャンスの筈。

「……大野さん! それ採用です! ありがとうございます!」
「ば、ばっかお前、声がでけーよ」

 大野さんは何故か照れていた。

「それにしても大野さん、見た目によらず乙女な発想するんですね。手紙なんて」
「う、うっせーよ。ゴミ捨ててきたらさっさと上がれ」

 尻を叩かれ、休憩室を追い出される。仕方なく言われた通りゴミを捨て、帰路についた。


 帰ってから早速自室の机を漁って何か手渡すのに丁度いい紙がないか探した。しばらく漁っていると、いつ買ったのかわからないペンギンの形をした一枚ずつ切り取れるメモ帳が出てきた。大分ヤバイ奴に思われるかもしれない。だが、あの年頃の子はこういう可愛い物が好き……だと思う。
 ……うだうだ考えても仕方がない。わからないものはわからない。俺は早速彼女に手紙を書くことにした。

 なんて書けば、警戒されないだろう。
「コンビニの店員です。いつもあなたを見ていました?」これじゃストーカーだ。友達になりませんか。迷惑メールみたいだな。うんうん唸りながら、書き進めていく。もともと字が汚いのに、緊張でいつも以上にヨレヨレの文字になってしまう。不器用な自分を呪いたい。
 なんとか書き終えた後はとにかく落ち着かなくて、眠れなかった。ただ見つめることしか出来なかった彼女。何を話そう。俺はあの子のことを知らない。普段どんな生活をしていて……そうだ、いつもどんな曲を聞いているんだろう。あの白いイヤホンから、どんな曲が流れているのかを想像する。
 気が早いって。慌てるな。落ち着け。

 そんなことをしているうちに、あっという間に夜勤の時間になった。俺は、手紙を胸ポケットにしまい家を出た。

「いらっしゃいませー」

 毎朝7時丁度に、その子は店にやってくる。肩まである真っ直ぐの髪の間から見える小さい耳。白いイヤホンで音楽を聞きながら、制服のポケットに手を突っ込んで。真っ直ぐ俺の前……レジを横切ってカレーパンとミルクティーを手にとって俺の元へ持ってくる。俺は差し出されたそれを手に取りバーコードを読み取る。

「237円になります」 

 彼女は小銭を財布から取り出した。彼女が支払いをしているうちに、俺はレジ袋に商品をつめていく。
 今日はそこに、手紙を入れた。

「ストローお付けしておきますね」

 今日は、ストローをそのまま入れた。彼女に今、俺の手紙に気付かれたくないからだ。

「250円お預かりします」

 レジを打ち込み、円を押すとお釣りが表示される。俺は13円をレジから取り出し、レシートと共に彼女に差し出した。

「……じ、13円のお返しになります」

 彼女はお釣りを受け取るために手を差し出す。出来る限り彼女に触れないように注意してお釣りを渡した。


「お前行動早いな」
「えぇ、まぁ……」
「で、連絡は?」
「来てないですね……」

 あれから数日、彼女から連絡はない。もしかすると気付かずに捨てられたか、気付いたがそのまま捨てられたか……。

「なんなら、あれから彼女ここに来なくなりました……」
「……まぁその、なんだ……だれか紹介してやろうか?」
「大野さんフォロー下手ですね」
「やかましい! 辛気臭い顔してないでさっさと帰れ!!」

 思い切り尻を蹴られた。大野さんは怒ると少し乱暴になるけど、やっぱり優しい人だ。
 ゴミ出しをして着替えて、コンビニを出た。
 そこに、見覚えのある子が立っていた。

 あの子だった。

 いつもと違う格好たが間違いない、彼女だ。俺は思わず二度見した後、立ち止まる。制服じゃない彼女はいつもの3倍魅力的だった。

「……あ」

 そして目が合う。目が合うと、彼女はこちらに駆け寄ってきた。なんだ、何が起こっている。どういうことだ。

「あの……鎌田さん、ですよね」
「えっと……はい」

 彼女と会話をしている。彼女が俺の名前を呼んでいる。彼女がレジ越しではなく俺の目の前に立っている。俺を見ている。彼女が、彼女が、彼女が――。

「その、可愛いペンギンのお手紙……ありがとうございました」
「あ……えっと……」

 急に恥ずかしくなる。顔に血が集まっていくのがわかる。あぁでも、読んでくれていたんだ。それがわかっただけで俺は幸せだ。

「イタズラかなって思って……今日はその、確認にきたんです」

 ただ、彼女の言葉を待つ。確認というのは。確認と、いうことは。

「鎌田さん。私、篠塚と言います。私とお友達になりたいというのは、本当ですか?」
「……はい。本当です」
「そうですか。それじゃあ……」

 彼女はそう言って俺の前に手を差し出した。

「えっと……これから、よろしくって意味です」
「……は、はい!」

 初めて繋いだ彼女の手は俺が思っていたよりもずっと温かくて。このまま心臓が何処かへ飛んでいってしまいそうだった。


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