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スプリットさん

元新聞記者。京都新聞に京都を描いた文学作品の舞台を訪ねる連載を掲載中

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恋、時を超えて

18/07/16 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:2件 スプリット 閲覧数:119

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 最近、田崎健太の電話の打率がにわかに上がった。
「もしもし、おれ、おれ」
そう言っただけで、いきなり電話を切られることがほとんどだったのに、「誰?」とか「どうしたの?」とか、相手が話に乗ってきてくれるケースがやたらに増えた。
 どうしてだろうか。この仕事を一緒に始めた京洛高校の野球部時代のチームメート、岡田隆二は「声が真に迫っているよ。相手も引きずり込まれるんじゃないか。やはり気迫の勝負だからな」と、分かったようなことを言った。
 午前9時45分。その日の最初の電話もうまく相手が乗ってきた。
「おばあちゃん、おれ、おれ、大変なんだ、助けてよ、殺されちゃうよ」
 相手が電話に出た瞬間から一気にまくしたて、「助けて」「殺されちゃう」まで言って、相手を驚かせ平常心を失わせることがポイントだ、と健太は思っていた。
「どうしたの、シンさん」
 孫の名前は「シンさん」らしい。
「おばあちゃん、困ったんだ、おれ、さっき社長に頼まれて銀行で会社の口座から200万円下したんだ。帰り道、コンビニに寄って戻ってくると、車のドアの鍵がこじ開けられていて、お金を入れたバッグがなくなっていたんだ。そのお金、3時に取引先に渡さないといけないんだ。社長は怒って、お金が戻らなかったら、首だと言うんだ」
 とにかく言葉をまくし立てて、こちらのペースに巻き込むことだ。相手に冷静になる時間を与えたら駄目だ。
「何、お金がないの? お金なんか、どれだけでも渡します、シンさん。待っていたのよ、電話が来るのを、どれだけ待っていたか」
「おれもおばあちゃんに頼むしかないと思ったんだ、おばあちゃん、大好きだよ。何とかしてよ。助けてよ」
 早めに「大好きだ」と言うのもテクニックの一つだった。これを言うと、少し疑っているような相手でも話に乗ってくる。
「おばあちゃんなんて言わないで、シンさん。キヌって言って。お金なんか、残してあるから。シンさんが飛行機を降りて、また野球を始める時のために」
 飛行機? 野球? いったい何のことだ。認知症なのか? あらためて電話相手のリストを見た。ケア付き高級マンションの資料を請求した京都府内の高齢者のリストだった。隆二が手に入れてきた。名前、住所、年齢、電話番号が書いてある。
 前に使っていたの老人クラブの会員名簿だったが、こういう組織は警察が「特殊詐欺撃退講座」を間違いなしにやっている。電話を掛けても8、9割は「おれ、おれ」と言った瞬間に切られてしまった。やはり、金がある人間の名簿は良い。金がある人間は人を信用しやすい。つまりは育ちがいいという話だ。
 ぬくぬく暮らしている年寄りから、将来のあるおれたちが金を騙し取って役立てることがなぜ悪いんだ―。この仕事を始めるとき、隆二と意気投合したのがこの話だった。
 相手は京都市左京区聖護院、真部絹、92歳。フーン。仮に少々認知症気味でも、金を持って来られないほど、ひどくはなさそうだ。
「飛行機を降りたら、野球をしたいな、そのときはキヌさんも見にきてくれるかな」
「行くに決まっているでしょう。良かった、良かったわ、戦争が終わったのね、あなたが生きていて…」
 電話口の向こうで絹が泣き出した。
 戦争まで出てきた。シンさんとは、いったい何なんだ。昔の恋人? そんな感じか。なり切っておこう。
「嬉しいよ、絹さんにまた会えるなんて」
「私、あなたが特攻基地の知覧に出発する時、『絶対帰って来るから付いて来るな』と言われて、付いて行かなかった。許婚として、帰ってくると信じていたわ。あなたのお父様の所に『見事、敵艦に突入されました』という知らせが来ても、私は信じなかった。戦没者名簿に『マスダシンジ』と書き込む時も、私は反対しました。あなたの家から婚約破棄を告げられましたが、お断りしました。生きているのだから。高校の教師をしながら待っていたわ」
 ぼんやり分かってきた。絹の許婚だった「マスダシンジ」が特攻隊で死んだのだが、それを信じず、帰ってくるのを待っていたらしい。とんでもない話だ。太平洋戦争が終わったのは確か1945年。すると死んだのはその少し前か。健太は勉強が苦手だったが、歴史だけは好きだった。
 でも、マスダシンジという名前はどこかで聞いた気がした。誰だったかな…。
「で、いつ戻ってくるの、シンさん。知覧に行く時、六大学の試合で完封勝ちした時のボールを預けていったでしょう。あのボールね、京洛高校が終戦記念日に飾りたいと借りに来たけど、断りました。『まだ死んでいませんから』って」
 健太はその時、シンさんが何者なのか、ひらめいた。東京六大学で活躍した京洛高校出身の投手。そう言われると分かった。旧制京洛中時代に速球投手として活躍し、東京六大学でエースとして脚光を浴びた人がいた。増田信士だ。
 健太は少年野球を始めた時、「レジェンド」と呼ばれる70歳を超す監督の指導を受けた。旧制京洛中OBで、長く大学野球の監督を務めた後、子どもたちを指導していた。時折、懐かしそうに話した。「昔、増田信士というすごい投手がいた。わしも子供の頃に見たが、球が速くて、めったにヒットなんか打たれなかった。東京六大学で活躍していたが、学徒出陣し志願して特攻隊に入り戦死したんだ」
 「増田信士、剛速球で完封」と書かれた、黄ばんだ新聞の切り抜きも見せてくれた。
 健太が本気に野球をやろうと思ったのは、増田のことを聞かされたのも影響していた。新聞に載るような選手になりたい、と。甲子園こそ行けなかったが京都府大会でベスト4まで進み、育成選手としてプロ野球に入った。だが、すぐに肘を痛めてしまい2年で解雇された。
 それからは腐って酒浸りの生活だった。プロ時代の貯金は同棲した女に持ち逃げされた。だが、それなりに騒がれてプロ入りしたことを思うと街は歩きづらかった。その頃、失業中だった隆二と会い、二人で空き巣を重ねた。捕まらなかったが、稼げる金は知れていた。その時、隆二が「一度、手伝ったことがある」と言って持ち掛けたのが「おれおれ詐欺」だった。肝心の金は、捕まらないと確信できるときだけマスクとサングラス、かつら姿で受け取りに行った。相手が誰かに相談する恐れが少しでもある時は、すっぱり捨てた。
「東京の大学に戻って、また野球するんでしょう。今度は私も一緒に東京へ行くわ。一人で待っているのはもう嫌。尋常小学校の同級生で毎日のように会っていたのに、あなたが東京へ行ってから離れ離れになった。もう別れているのは嫌です」
 絹の頭の中では時間の感覚がなくなっているようだ。増田信士とは同級生だったらしい。一人暮らしらしいのも分かった。
「で、シンさん、どこへお金を持って行くの。200万円くらいなら金庫にあるからすぐ渡せるわ」
 そうだ、金だ。一緒に電話を聴いていた隆二と目配せした。自分たちで取りに行く、通報される危険性はない、と思えた。で、会う場所だが…。
「二人で良く会った場所だけど…」
「平安神宮?」
「そう、平安神宮に来られる? 応天門の前。二人きりで会いたいんだけど」
「ヘルパーさんに平安神宮の近くまで車で連れて行って貰って、あとは一人で車椅子で行くわ。あなたが知覧へ行く前の日にも平安神宮で会ったでしょう。だから私、今も月に1度は行っているのよ」
 時間は午後1時にした。
 その1時間前に神宮近くの駐車場に車を停め、隆二と警察が張り込んでいないか、点検しながら神宮に近付いた。応天門を見ると、すぐ前に車椅子が止まっていた。淡い紫色のワンピースを着た女性が座って、膝の上に鞄を置いていた。
「絹さんだ」
 健太はつぶやいた。絹は待ちわびるように、周囲を見回していた。クリーム色の帽子の陰からのぞく目が輝いている。とても92歳とは思えなかった。恋をしている人間の目なのだと思った。
 70年以上も恋を貫くなんて、どうしてできるのだろうか。そして、死んだ信士。特攻に飛び立つ時の恐怖と、家族や恋人への思いはいかほどだっただろう。むごすぎる、悲しすぎる青春だ。
 それに比べて俺は…。たかが野球チームを首になったくらいで、腐って投げやりになってしまった。恥ずかしい。70年以上も一筋に恋を信じ続けた人がいることを思うと、そんな失敗などどうでもいいように思えた。自首して人生をやり直そうと思った。
 隣にいた隆二に言った。
「おれ、自首する。詐欺はやめるよ。一応、ばあさんに声だけ掛けてくる」
 隆二は「分かった。おれも同じだ」と頷いた。
 今、26歳。人生はまだまだ長いんだ。
 4月の初め。平安神宮の周りは満開の桜が散り始めていた。絨毯のように散った淡いピンクの花びらを集め、200万円を入れるつもりで持ってきた京友禅の風呂敷に入れた。
 車椅子に近付きながら声を掛けた。
「信士さんは今日、来られなくなったそうです。また電話すると言っていました」
「本当? 元気?」
 絹が返事した時、5、6人の男たちが応天門の陰から飛び出して来た。刑事なのは直感で分かった。ひょっとしたら、絹が言っていたことは警察の考えたトリックだったのだろうか。チラリと疑念がよぎった。
「信士さんから預かってきました」
 刑事たちが迫って来るまでに、健太は花びらいっぱいの風呂敷を絹に差し出した。絹が小さな手で受け取った。目が少女のように潤んできた。
 本当だった…そう確信した瞬間に、刑事たちに体を押さえつけられていた。
「お前らをマークして電話を盗聴していたんだ、馬鹿野郎」
 そう言われた時、安心した。絹の話が本当だったんだと分かって、嬉しかった。人生を出直そうと、もう一度強く思った。                    (了)


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このストーリーに関するコメント

18/07/19 皇帝ダリア

感動。ホロリ、涙です。待ち続けた女性も犯人も。

18/07/21 メルヘン

面白い。なかなかのストーリーテラーだ。最後のシーンがいい。

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