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松本エムザさん

性別 女性
将来の夢
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極楽惑星

18/07/14 コンテスト(テーマ):第1回 時空モノガタリ短編文学賞 コメント:0件 松本エムザ 閲覧数:324

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「アナタはゾンビなのですか?」

 唐突な質問に、僕は目を丸くした。

「ど、どうして、そう思うの?」
「アナタはお風呂に入ると『極楽極楽』と言いますよね? 『極楽』とは、死んだ人が行く『天国』のことですよね? つまり、アナタは一度死んで、よみがえってココにいる」
「いやいや、そうじゃないんだハッくん」
 ハッくんの流暢な日本語と読解力には感心してしまうが、思考力が多少ズレているのは、やはり生物学的な脳の構造の違いからだろうか。
 なぜなら、僕の部屋にホームステイしている『ハッくん』は、宇宙人なのである。

「庶民的な若者の家で、地球の暮らしを体験してみたい」という要望で、無作為に僕の家が選ばれたと聞いた。びっくりしたけれど、政府からのお達しだったので断る事も出来ずに僕は素直に異星からの留学生を受け入れることにした。

 本当は『ハッくん』は実に長くて立派な名前を持っているのだけれど、その発音が僕にはとんでもなく難しいので恐らく、人間とは発声器官の仕組みが異なっているのだと思われる、失礼だけどちょっと『タコ』に似た外見から、親しみをこめて『ハッくん』と呼ばせてもらうことにした。ハッくんの手足は合わせて12本もあったけれど、そこはまぁご愛敬だ。

 そして突然のゾンビ発言である。
「あのね、ハッくん」
 僕は、風呂上がりの牛乳を一気に飲み干してから解説を始める。
「『極楽極楽』って、口に出てしまうのはね。お風呂が気持ち良すぎて、まるで天国にいるみたいだなぁっていう例えなんだよ」
「たとえ?」
「そう、いわゆる『比喩』ってやつ」

 ハッくんが僕の部屋で暮らし始めた最初の夜に、僕はハッくんにお風呂を使うように声をかけたけれど
「ワタシたちには、その習慣はありませんから」
と、その時はあっさりとお断りされてしまったっけ。

 それでも毎晩湯船にお湯をためて、ゆっくり入浴する僕の様子に興味を持っていたのだろう。湯船につかるとついつい口にしてしまう、『極楽極楽』のひとりごとを聞かれていたとは。

「『お風呂』とはそんなにも気持ちのイイものなのですか?」
「うん、そりゃそうさ。一日の疲れも取れるしね。最高のリラックスタイムだよ。ねぇ、せっかくだからさ、ハッくんも試してみたらどうだい」
 興味津々でお風呂場をのぞいているハッくんにそう提案すると、
「そうですねぇ」
まぶたのない目をクリクリさせて、今度は乗り気の様子を見せてくれた。
「僕はいつも42℃で入っているけれど、ハッくんにはちょっと熱すぎるかもね。38℃くらいにしておこうか」
 ぬるめにお湯をためて、まっさらなバスタオルを用意する。ハッくんは裸だから、着替えはいらないから便利だなぁなんて思いながら。
 いくら普段から裸を見慣れてているからって、入浴シーンをのぞき見するのは悪いかと思い、お風呂場のドアを閉めて、脱衣所から『はじめてのお風呂』を体験するハッくんに声をかけた。
「お湯加減はどう? ハッくん」
「はぁー、なるほどなるほど。コレは実にきもちイイ」
 ちゃぷちゃぷという水音と共に、ハッくんのくぐもった声が聞こえてくる。
「肩までつかるといいよ。脚はちゃんと伸ばせてる?」
 ハッくんの身長は(体長?)僕のあごの下あたりだから、我が家のユニットバスでもゆったり浸かれるはずだ。
「んー、極楽極楽。コレはイイ。実にイイ」
 満足そうなハッくんの声に嬉しくなる。
「大丈夫そうだったら、もうちょっとお湯の温度をあげてみて。身体にピリピリ来る熱さがまたイイんだ」
 ドア越しに、追いだきボタンの位置を伝える。
「おー、イイ。確かにピリピリしますね。でも心地よいシビレです。染みわたります」
「でしょう?」
「うーん、極楽極楽」
「そうそう、あってるあってる。その使い方」
「まるでとろけるようです」
「はは、わかるわかる」
 お風呂文化を気に入ってもらえて、ホストとしては大満足だった。
「今度は入浴剤をいれてあげるよ。自宅に居ながらにして、温泉気分も味わえるしね。あ、でも長湯はほどほどにね。のぼせちゃうからね」
 返事がない。
「ハッくん?」
 水音も聞こえない。
「ハッくん!?」
 大慌てでお風呂のドアを開けると、「とろけるようだ」と言っていたハッくんが、文字通りお湯に溶けていた。
「ああああ、ど、ど、ど、どうしよう」
 ヤバい。大問題だ。どうしよう。これがハッくんの星と地球との宇宙戦争勃発の原因になってしまったら。ごめんなさい、地球の民よ。
 ハッくんの体の色にも似た、薄青色に染まったお湯を見つめ、僕は途方に暮れた。
「……あ、もしかして」
 湯気に満たされたお風呂場で立ちすくむこと数分。僕の脳内にこの非常事態を解決に導くための糸口を、記憶のアルバムからなんとか引っ張り出す事に成功した。
 ひとつは、小学校の頃の臨海学校。海の水を小鍋で熱し続けて蒸発させ、『塩』を取りだしたあの体験。
 もうひとつは、ひとり暮らしを始めた直後、安アパートの旧式のお風呂の『追いだき』機能を止め忘れ、ボコボコと沸騰させてしまった恐怖の体験。
「……ハッくん、ダメかもしれないけど、やってみるよ」

 温度の設定を最高レベルにして、追いだきを始める。あの臨海学校での実験通りなら、お湯が蒸発したらハッくんは残るはず。いや、もしかするとハッくんも一緒に蒸発してしまうかもしれないが……、何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせた。
 数十分もすると、お湯は手も入れられないほどの温度になった。
 グルグルと、浴槽内に薄青色のお湯の対流が起きる。それはまるで、宇宙の誕生を予感させるような光景だった。
「ハッくん、きっと熱いよね……。がんばれ、がんばれぇ……」
 サウナ状態のお風呂場で、僕は汗をだらだら流しながら湯船を見つめ続けていたけれど、情けない事に熱さでその場で気を失ってしまった。

「ひゃあっっ」
 びっくりするほど冷たい水を突然顔に浴びて、僕は我に返った。
「あぁ、良かった。生き返りましたネ」
「ハッくん!!」
 ハッくんが、また元の姿に戻って、僕の前に立っていた。
「それはこっちのセリフだよぉ。良かった、良かったぁ」
 まだ身体に随分と熱を持ったままのハッくんに、構わず抱きつく。ハッくんはひとまわり小さくなってしまった気がした。
「本当に、天国に行ってしまうとこでした。あなた、命の恩人ネ。ありがとうありがとう」
 僕らの異星間友情は、このお風呂場の小さな空間で更に深く強く育まれたのだ。

 その後もハッくんは、ホームステイの期間が終わるまで果敢にも『お風呂』にチャレンジした。
 ・湯温は36℃
 ・入浴時間は3分
 ・僕が在宅している時以外は入らない
 三つのルールを守ることを約束して、ハッくんは我が家での入浴タイムを楽しんだ。

 そうしてひと月のホームステイの期間を終えて、ハッくんは自分の星へと帰って行った。

 しばらくして、ハッくんからメールが届いたあの、世にも名だたる宇宙研究機関が僕とハっくんのメールのやり取りを、請け負ってくれるのだ。
 ハッくんは銀河の片隅のその星でも、三つのルールを守って『お風呂』文化を満喫しているらしい。
 星にはいない僕の代わりに、なんと一緒に暮らし始めたお嫁さんが、ハッくんが溶けてしまわないよう見張ってくれているという、嬉しいニュースも聞けた。確かにあの蒸発騒動で、ハッくんは頬の辺りとかお腹周りがシュッとしてイケメンならぬイケエイリアンになったもんなぁと、僕は妙に納得した。

 今夜もこの星空のどこかで、ハッくんはお風呂に入って『極楽極楽』とつぶやいているのだろうか。
 三分間の入浴タイム。
 そういえばあの宇宙の彼方から地球にやってきた正義の味方にも、三分間のタイムリミットがあったっけ。
 お風呂上がりの牛乳を注いだグラスを夜空に掲げ、僕は遠くに住む友人の幸せを心より願った。


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